放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。
2023年のM-1決勝に進出した教え子、『くらげ』とバッタリ再会したとき、ボケの渡辺が財布から何やら取り出した。
「13年間、これをずっと持ち歩いてるんです」
それは、渡辺がNSC在学時、おもしろいネタを披露してくれた生徒に渡していた小さなシールでした。
「13年も財布に?」驚きとうれしさ。そして心がけてきた育成方針“生徒の小さな成功をホメる”は、このままでいいんだなと感じました。
今回は、その方針の土台にある“育成の根っこには「失敗は成功のもと」でなく「成功は成功のもと」を植える”という思考をシェアしていきたいと思います。
キッカケは、「ミス」と「失敗」を変容させたSNS
まず「失敗は成功のもと」は、人生を言い得ている言葉です。
しかし、育成現場において「失敗は成功のもと」という人生訓を重んじている指導者は“あの手この手で部下に失敗させようとします”。
まず失敗をさせ、「違う」「なぜできない?」「そこはこうだろ?」と指摘を始める。彼らの頭の中は、失敗の後に告げる“ダメ出し用のストックフレーズ”でぎっしりです。
この手法は、お笑いの師匠とダメ出しをうける弟子、灰皿を投げる演出家と役者、のような主従関係では有用ですが、学校やオフィスといった場所では向いていません。
さらに、僕がNSCに着任したころ、ちょうどSNS熱が高まり、誰かがミスや失敗をしたら“みんなで徹底的に叩く”という空気が世の中に垂れこみ始めました。
今は、生徒らに「ミスを恐れるな」「失敗は成功のもと」と伝えても響かないだろうな。そう感じた僕は、ちょっと変わった育成プランを思いつきました。
それが、先ほどの「まず部下に失敗させて叱る」育成法とは真逆の発想。
「まず小さなことから成功させてホメる」育成法でした。
盗塁の成功率は、監督のサイン<選手のタイミング
育成の根っこには「成功は成功のもと」を植える。この着想は、プロ野球のデータから得ました。
担当しているスポーツ番組で、「盗塁は、ベンチがサインを出すより選手のタイミングで走らせたほうが成功率は上がる」というデータを知り、膝を打ったのです。
「失敗」を母親にして「成功」を生むかどうかは本人しだい。失敗の捉えかたは人それぞれ違うので、指導者がムリに実行させるより、本人のタイミングで試みて、うまくいけば拍手を送るくらいでいい。
自ら得た成功体験が、おのずと次の成功を生むし、その確率を上げていくことを知ったんです。
若者は、成功の「自信」が、次の成功の「助走」になる
以前も書きましたが、そこから僕は、伝統的に続いていた「ダメ出し」をやめ、「ホメ出し」を始めました。
ダメ出しは、おもに欠点や修正点を伝えるんですが、ホメ出しは、美点を伝える。厳しい指摘がほしい芸人は、おのずと「あそこのボケは弱いですか?」などと聞いてくるので、そのときは辛口で助言するんです。
このホメ出しは、成果という形になって現れました。彼らは、伝えた美点を“ストロングポイント”として捉え、長所をどんどん伸ばしていったし、いいところを見つけてもらえたという「小さな成功体験」が「自信」になり、その自信が次の成功へ向かう「助走の力強さ」になっていったんです。
M-1ファイナリストが財布に入れた小さなメッセージ
そのころ、NSC側から講師陣にシールの束が配布されました。聞けば、「優秀だと思う生徒に与えてほしい」とのことでした(生徒からは「幼稚園みたいだ」と不評でしたが……)。
しかし、いざシール制が始まったものの、講師陣はほとんど与えることはなく、生徒たちは「僕らは劣等生ぞろいだなぁ……」と言い出しました。
閉塞感を感じた僕は、自ら「シールおじさん」を名乗り、バンバン配っていくキャラにシフトチェンジ。
先輩講師に「お前、あげすぎ」と言われながらも、美点が見えた生徒にシールを渡し続けたのです。
それから13年。当時シールに込めた「君はおもしろいよ」という小さなメッセージが、ひとりの芸人の心の支えになり、財布に入れて持ち歩いてくれた。
その歩みは、M-1の決勝の舞台へとつながっていたんです。有難いかぎりです。
それではまた来週、別のテーマでお逢いしましょう。