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2024.09.05

「心の成長には3回の反抗期が不可欠」精神科医・泉谷閑示×岸博幸

慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、精神科医の泉谷閑示。

背中合わせに立つ、岸博幸氏と精神科医・泉谷閑示氏

現代を生きる人にパワーを感じない

 今回の対談相手は精神科医の泉谷閑示(かんじ)さん。先生が院長を務める泉谷クリニックには、精神科をいくつかまわったが改善が見られずに、“最後の砦”として訪れる患者が多いそうですね。

泉谷 現在の精神科の治療には問題点が多いんですよ。表面に現れた症状だけでマニュアル的に診断をして、そこからは治療マニュアルに基づいた薬物療法に終始してしまう。簡単に言うと、医者が数分程度しか話を聞かずに、病名に基づいた薬を出す。効果が無ければ薬を変えるか診断自体を変更するだけで、根本的な問題が何であるかを丁寧に探究しようとはしない。これでは本当の解決には至るはずはありません。

 先生はどんな診察を?

泉谷 その人が現在置かれている状況や、その人の生まれてからの心の歴史をじっくり伺って、症状の根本原因を探り出し、解決を図ります。さらに、その方の中に生かされずに眠っている資質を見いだし、それを阻害しているものを除去していきます。このような作業を行うためには、時間をかけた対話が不可欠で、1回50分の面接を行います。

 最近の患者は、ひと昔前とタイプが違いますか?

泉谷 バブル時代から2000年頃まではエネルギーレベルの高い患者さんが多かった。「思いどおりにならないから死んでやる」といった強烈な執着が絡んだ病理も少なくなかった。それが最近の患者さんからは、良くも悪くもあまりエネルギーを感じない。

 自殺者は一向に減りませんね。

泉谷 自殺問題は難しいし、行政の対策もピントが合っていません。悩みを持つ人が相談できる場を増やそうという方向性が中心になっていますが、それだけでは不十分。真正面から向き合い、無意味感を払拭し、生きる意欲をどう引き出せるかが課題なんです。

 バブルの頃は、人間の欲求が強かったですよね。現状の上を目指すモチベーションがあった。それが消えた理由はネットやスマホの普及が大きいと思う。

泉谷 確かに高度情報化社会の弊害は大きい。我々世代には、憧れる対象がいろいろあった。あの仕事に就きたいとか、あんな人みたいになりたいとか。それが高度情報化により、舞台裏がすべて晒されるようになってしまい、良くも悪くも憧れを持ちにくくなった。

幼稚社会脱却のためまず親離れ子離れを

 精神を患う人は、本人よりも環境に問題があるのでしょうか。

泉谷 養育環境が問題で歪んでしまったケースは少なくありません。例えば、妻子持ちの40代の男性がうつ状態で、奥さんとではなく母親と一緒に受診されたのです。しかも、本人も母親もそのことを特に不自然だとも恥ずかしいとも思っていない様子。私は即座にここに問題があると感じ、「次からはひとりでいらっしゃい」と伝えました。その後は、順調に精神的自立の方向への変化が起こって、今ではうつも改善して、逞しく社会復帰されています。

 過保護の典型的なケースですね。親離れ子離れできずに、両者とも打たれ弱くなっていく。

泉谷 大学受験に親がついてくる近年の状況が信じられない。受験の間、親が待つための保護者用控室が用意されているのがどの大学でも今や当たり前らしい。

 入学式も保護者向けの席が増加するばかりで、ここは幼稚園かって思う。

泉谷 今の若い世代は、反抗期がない人が多い。しかもそれを、親も本人も良いことだと勘違いしている。人間の成長には3回の反抗期が必要です。1回目は2〜3歳のイヤイヤ期、2回目は思春期、3回目は社会に出て一人前になった後に社会規範や道徳に疑問をもつ第3の反抗期。これら3回の反抗期を経ることによってのみ、人間は真の成熟を遂げられるのです。

 今は2、3回目の反抗期をすっ飛ばす人が多い。

泉谷 ニーチェは著書『ツァラトゥストラはかく語りき』で、「三様の変化」ということを述べています。「三様の変化」とは、人の成熟過程を「精神が駱駝(らくだ)から獅子に変身して竜を倒す。さらに、その獅子は小児に変身する」という喩えで説明したもの。従順で勤勉な駱駝とは「一人前の社会人」に相当する姿のことですが、それがある時、自分を支配している価値観や常識への疑問を抱くようになり、真の自我に目覚め獅子へと変身する。そして、自分を支配していた価値観の象徴である竜を倒す。これが第3の反抗期です。

次に、獅子は自我へのこだわりすら超越し、新しい価値を遊ぶように創造する小児になる。よくクリエイターが、「子供のような心を大切にしている」と言いますよね。あれは精神がきちんと成熟し、自分のフィールドを確立した後、その先の無我の境地に達することができたから言える言葉。精神が未熟なままで自分で何も決められないのは、ただの子供です。

 現代人の多くは“ヘタレのラクダ”で成長が止まっているんですね。自分なりの思考は何もなく、従順で、大勢が言っていることを正しいと考える。最近の嫌煙ファシズムはその典型的な例。みんなが言っているからと喫煙者を叩く。

泉谷 たばこに何ひとつ効用がなければ、ここまでの歴史はなかったはずでしょう。喫煙は精神の安定にいい影響をもたらす効用もあるし、加齢等によるパーキンソン病の症状をニコチンが抑えるという研究報告もある。巷の風潮に無批判に乗っかるのではなく、人はもっと自身の頭で考え、先入見なしに学ぶべきです。

 さて日本の幼稚化を食い止めるためにはどうしたらいいでしょうか。

泉谷 大学の受験会場から保護者用控室を排除。まずは、そこからですよ。

岸博幸氏と精神科医・泉谷閑示氏
岸博幸/Hiroyuki Kishi(左)
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。

泉谷閑示/Kanji Izumiya(右)
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、財団法人神経研究所附属晴和病院勤務を経て、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。現在は精神療法を専門とする泉谷クリニック院長。

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=鈴木規仁

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