世界で2900万部を突破し、Netflixのドラマ化でも話題の新時代SF小説『三体』。地球よりも遥かに技術の発達した「三体星人」が造った「VRゴーグル」が物語の序盤に登場し、地球侵略の恐怖を感じるきっかけとなるーー。実際に地球人は、いつ三体星人が造ったようなVRゴーグルを造ることができるのか?スマホに代わる次世代端末に関する未来予測本、『スマホがなくなる日』を上梓した、ITベンチャーSTYLYの渡邊信彦COOに、世界の技術は今、どこまで来たのか?インタビューを敢行した。
テクノロジー好き、物理好きにはたまらない! SF小説『三体』に登場するVRゴーグルが凄い!
私は現在メタバースなどのVR技術や現実世界とコンピュータの世界を融合させるXRのソフトを開発する会社、STYLYを運営しているのですが、まだまだ民主化されていないギークな世界ですので……。私がすごくハマったNetflixドラマ『三体』を例に、世界の技術が今、どこまで進んでいるのかお伝えしたいと思います。
世界で爆発的なヒットを記録している中国人作家、劉慈欣(リュウジキン)氏のSF小説『三体』ですが、SF界のノーベル賞とも言われるヒューゴー賞をアジア圏作品として初めて受賞。全世界で2900万部を売り上げ、Netflixのドラマ化でも大きな話題となった作品です。
ストーリーを簡単に説明すると、物語は、世界中の天才科学者・物理学者たちが相次いで死亡するという不可解な事件から始まります。仲間を次々に失っていく主人公の天才物理学者の女性がその謎に迫ろうとするのですが、亡くなった友人の部屋で”見たこともない薄いシルバーの被り物“を見つけます。
恐る恐るその薄いシルバーの被り物を装着すると、目の前に一面の砂漠の世界が広がっていたのです。砂漠に吹く風の感触、暑さも感じるし、地面の砂を舐めると土の味がする……。
「これは地球人が作ったものではない。地球よりも数百年先を行った技術だ」
オックスフォード大学に在籍し最新のテクノロジーを知る主人公は、その“薄いシルバーの被り物”が地球外生命の造ったものだと瞬時に理解するのです。ここから“薄いシルバーの被り物”を造った宇宙人(三体星人)と地球人の壮絶な戦いが始まるのですが……。物語は、実際の物理学「三体問題」を始め、最新の科学技術がふんだんに盛り込まれているため、物理好き、科学好き、テクノロジー好きの人にはたまらない作品であることは間違いありません。
「理想と現実との狭間で何を選択するのか」命懸けの選択に迫られる主人公たち。”日々の選択”が会社の運命を左右する私のようなベンチャー企業を運営する人も勉強になる部分が多く、ビジネスパーソンにもお薦めです! それに宇宙人や量子力学、仮想空間、私たち世代ドンピシャな内容で小説も一気に読みました。ただ小説はかなりの長編ですので、Netflixドラマから入るといいかもしれません。
『三体』はフィクションであることは大前提なのですが、「実際に地球人はどのくらいの技術を今実現できるのだろうか?」と、作品を楽しみながら疑問に思った方も少なくないのではないでしょうか。
私は2003年に、メタバースの先駆けといわれる「Secondlife」に出合った時から仮想空間の魅力に取り憑かれて、20年近く仮想と現実を行き来する世界を夢見てきました。8年前にメタバースなどのVR技術や現実世界とコンピュータの世界を融合させるXRのソフトを開発する会社の立ち上げにも参画しているほどこの世界にはどっぷり浸かっているので、“薄いシルバーの被り物”の技術に関しては、「地球人も負けてない!」と思いながらドラマに熱中していました(笑)。
現実の地球人も負けてない! AppleがリリースしたApple Vision Proと比較
2024年2月、Appleから、頭に装着するタイプのゴーグル型のデバイスApple Vision Pro(以下、AVP)がリリースされました。AVPには12個のカメラと5つのセンサー、6つのマイクが搭載されていて、これだけでテクノロジー好きの方は「凄い!」と思うのですが、どのくらい凄いのか、三体星人が造ったVRゴーグルと比較してみたいと思います。
結論から言うと、機能の実現という面から見て人間の五感のうち視覚と聴覚においては、『三体』の物語に登場するVRゴーグルに負けないクオリティを現実世界でも再現できるようになっていると思います。
AVPの上部には、人差し指でクルクルと回すダイヤルがついているのですが、このダイヤルを調整することで完全にVRの世界に没入することもできますし、ダイヤルを調整すれば、実際の景色に恐竜やクジラなどの3DCGのみを浮かび上がらせることもできるのです。
AVPのVRの世界への没入感はドラマ『三体』の衝撃に負けないクオリティだなと私は感じましたね。そして今回、実際の地球人(Apple)が力を入れた、実際の景色に恐竜やクジラなどの3DCGのみを浮かび上がらせる、現実世界にコンピュータの世界を溶け込ませる技術の高さをぜひとも知っていただきたいと思っています。ただ単純に実際の景色にバーチャルのプロダクトを投影するのではなく、実際の位置情報を性格に捉えて「本当にそこに存在しているように見せる」技術がものすごく高いのです。
位置情報を活用し、現実世界を舞台にポケモンのキャラクターを集められる人気アプリ『Pokemon GO』を例に説明してみます。現実世界のテーブルの上にピカチュウが出現したら、AVPに搭載されたセンサーがテーブルの大きさ・形も認識してくれるので、ピカチュウがテーブルの隅に追いやられたら足を踏み外してテーブルから転がり落ちますし、壁にぶつかったら、ピカチュウは壁の衝撃を受けて倒れたように動かすことができるのです。
形だけでなく明るさも認識できます。スポットライトの下にピカチュウが出現すればピカチュウは明るく映し出され、ライトを消せばピカチュウも暗くなります。つまり現実の空間の光がバーチャルなオブジェクトに影響しているということです。さらに音も現実空間での反響を反映させて再生する360度空間オーディオスピーカーも搭載されているので、音も現実空間に馴染む形で再生されます。
ですのでAppleは今回「メタバースやVR」としてではなく、実際の空間にコンピュータの世界を投影できる「空間コンピュータ」としてAVPをリリースしました。実際の空間とコンピュータの世界を融合させる「空間コンピューティング」の技術は、三体星人にいち早く肩を並べられる分野だと私は思っています。
AVPは、2024年6月に日本発売も決定したので、体験していただければ「地球人もなかなかやるじゃないか!」と思っていただけると思います。AVPは約60万円と高額なので、これから各地でAVPをみなさんに触っていただけるイベントも私の会社で行っていきたいなと考えています。
味覚、嗅覚、触覚はデジタルで再現できるようになるのか?
今回リリースされたAVPでは、味覚、嗅覚、触覚の再現がされていませんが、もちろんこれらを再現する研究は世界中で行われています。嗅覚についてはかなり進んでおり、人間が感じる匂いは20〜30 種類の匂いの素を混ぜることで再生できると言われています。映像に合わせた香りを噴霧することで味覚さえも変えることができるパワフルな力をもっているのです。
そして触覚については圧力や振動を伝えて触覚を再現する「ハプティクス」という技術があるのですが、慶應義塾大学で長年研究が行われています。
コロナ禍で「銀行や公共交通期間のタッチパネルを空間ディスプレイに置き換えることはできないのか」という議論が起きたのですが、実際の空間にタッチパネルを投影させることはできても、触っている感覚がないとどうしても気持ち悪いので、「カチッ」と押した感じをつけられないか。音と静電気で触れた感覚を再現する実験が重ねられたそうです。何もない空間を押すのは味気ないので、ハプティクスの技術が実装されるようになれば、空間コンピューティングも加速度的に広まりそうです。
あとは小さなゴーグルにどうやって味覚や嗅覚、触覚を感じさせる装置を埋め込むかという壁さえ乗り越えれば、三体星人が造ったVRゴーグルを実際の地球人も造ることができるはずです。あの“薄いシルバーの被り物”には充電器がないので太陽光で動いているのだろうか?などクリアしなければならない大きな課題はありますが、希望的な観測ですが数百年せずとも、今の技術の進歩を見ると50年後には実現できるのではないでしょうか。100年後、実際の地球人はコンタクトレンズにそれらの機能を埋め込むことができていたり、脳に直接埋め込むチップのようなものまで開発していると私は考えています。
AVPのような次世代デバイスが生み出すビジネスチャンスをどう掴むのか?
今回、『スマホがなくなる日』というタイトルで近未来のテクノロジーや、そこから生まれるであろうビジネスチャンスについてお伝えする本を執筆させていただいたのですが、開発者が造った次世代デバイスを使って、何をするのか?が大きなポイントになります。
AppleがリリースしたAVPは、ゲームとしても使用できますが、Apple IDと紐づけられパーソナルデバイスとして、スマホのように日常生活で使うことを前提に設計されています。そうすると、仕事のツールや日常のサービス、エンタメまであらゆるものが変わり、開発合戦が行われるはずです。
かつてものづくり大国と言われMade in Japanが世界から注目された日本でしたが、インターネット革命で大きく乗り遅れてしまいました。それが一度みんなスタートラインに戻って一斉スタートするという好タイミングがやってきます。長らく続いた不況の時代を乗り越えるチャンスがやってくるのです!
AVPのようなデバイスを開発する、AVPを導入した新しい体験をイベントなどで提供する、空間を使った作品を発表して空間作りのプロを目指すなど、さまざまな参入の可能性が考えられますが、私は、AVPを初めとする空間コンピュータで使用可能な、より生活に密着したアプリケーション開発にチャレンジすることをお薦めします。LINEやInstagram、Facebookのように世界中の人が使用するプラットフォームを開発するという夢も、みんなこれからがスタートなのです。このプラットフォームを抑えることができれば、日本は再び世界をリードできるようになると考えています。
私の会社でも、AVPで使用できるアプリを開発し、さまざまなパートナー企業と協力して次世代のエンタメを生み出そうと各地でイベントを開催しています。まだ空間コンピュータが普及していないので、スマホをかざすと3Dコンテンツを楽しめるイベントが今は多いですが、今後はAVPを貸し出したりして、より迫力のある体験を届けたいと思っています。この取り組みに参加していただけるクリエイターの方も日々探している状態。空間作品を造れるクリエイターさんが圧倒的に不足している状況ですので、今後「動画クリエイター」ならぬ「空間クリエイター」という仕事の需要も急増すると考えています。
今は、この分野に乗り出している企業が世界的に少ないのでブルーオーシャンですし、今がチャンスであることは間違いありません。小さな会社が何かひとつコンテンツを作るだけでは、大きな海外企業が一瞬で追いつくことは目に見えているので、日本全体で空間を作って配信する、空間コンピューティングの分野に乗り出し、いち早く日本文化を対応させて「空間コンピューティング大国日本」になることが私の夢です。
「空間コンピューティング」はITの技術だけでなく、「立体の空間のどこに、何を、どのような順番で配置するのがよいのか」というストーリーづくりや、おもてなしの精神が必要になります。日本は古くから、「職人芸」という言葉が生まれるほどにものづくりが盛んな国。「空間コンピューティング」は日本人の得意分野を発揮したら、世界を驚かせるコンテンツが造れると私は信じています。この波に乗らない手はありません。日本が発信するコンテンツを通して、世界中を巻き込むための第一歩をともに踏み出せたらと願っています。