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2023.12.07

【小野伸二】今だから話せる、サッカー人生のなかで最も絶望した試合

44歳、小野伸二が引退を決断。天才と呼ばれ、喝采を浴び続けた男の光と影。知られざる小野伸二を余すところなく書ききった初の自著『GIFTED』より、一部抜粋してお届けする。4回目。 #1#2#3

小野が責任を痛感した、オーストラリア戦後。©PanoramiC/アフロ

2006年ドイツワールドカップ

試合に出たい、チームに貢献したい。

それにしても暑い。先週まで雪が降っていたのに、なんでこんなに暑くなったんだろう。ピッチにいる選手たちは大変だ。プレッシャーのかかる初戦、みんなよく頑張っている。

じりじりした展開、ピッチで戦う選手たちが疲れてきているのがわかる。

前線のタカ(高原直泰)とヤナギさん(柳沢敦)が前半からよく機能している。相当、走り回っていた。

オーストラリアが交代選手を入れた。75分、もう3人目だ。

アロイージか。でかいな。

ピッチを横目に、ウォーミングアップをしながら次の展開を予測した。

1対0。

後半に入って、追いかける展開のオーストラリアは完全にパワープレーへと舵を切っている。日本としては、中盤でボールを落ち着けたいところだった。

強いディフェンシブな選手を入れてロングボールを跳ね返すか、あるいはフレッシュなフォワードを入れて蹴ってくる選手にプレッシャーをかけるか……どっちがいい?

交代はフォワードか、ディフェンダーか。

出たいけれど、展開的に僕の投入はなさそうだった。

そう思った瞬間、名前を呼ばれた。

「伸二、行くぞ!」

ヤナギさんとの交代だった。すぐのことだった。

ピッチサイドで頭をフル回転させる。落ち着け、ちょっと待てよ。えっと、何をすればいい? ポジションはどうする?

ピッチに向かって走り出した。

負けたとしたら選手の責任

ドイツワールドカップは、多くのサッカーファンにとって失望として記憶されているに違いない。それは、僕も同じだ。

ジーコジャパンの集大成。ヒデさん(中田英寿)、イナ(稲本潤一)、俊くん(中村俊輔)、そして僕の中盤は「黄金の中盤」なんて言われた。タカはブンデスで活躍していたし、みっちゃん(小笠原満男)や福さん(福西崇史)といったJリーグでも屈指の中盤の選手たちがいた。

確かにワクワクするサッカーができそうな予感があった。けれど、その過程は簡単なものではなかった。

イナや僕は大きなケガをした。戦い方としても3バックや4バックを試して、監督やサッカー協会を含めても「どうするか」が統一されずにいた。加えて、「国内組」と「海外組」という表現が「対立」みたいなイメージで報道されることも多かった。

でも、こうしたこともサッカーだ。

ケガのリスクはいつもあるし、誰もが試合に出たいと思っている。戦い方が決まり切らないことだって、何度も経験した。そうしたなかで、どうやって勝つのかを考え、実行に移すのはいつだって選手たちだ。だから、負けたとしたら選手の責任である。

僕が入ったことで、チームは逆転された

サッカー人生のなかでもっともその選手としての責任を感じたのが、このドイツワールドカップだった。

「タラレバ」を言い出したらキリがない。ワールドカップ直前の親善試合で、前回大会準優勝のドイツと戦い2対2の接戦を演じた。誰もが手ごたえを感じる試合だった。

しかし、その次のマルタ戦で、1対0の辛勝。最高だったドイツ戦と比べると、パフォーマンスの落差はあまりに大きかった。チームにその「反動」は感じられていたはずだ。

そしてこの試合でほぼ、ワールドカップのスタメンが決まったといってよかった。

実は、マルタ戦はドイツ戦に出なかった選手が中心となって出場するはずだった。けれど、蓋を開けてみれば、ドイツ戦からのメンバーチェンジはフォワードのふたり、タカとヤナギさんが大黒と玉田(圭司)に変わっただけ。出られないメンバーは調整を含めて難しい状況に直面した。

難しい状況で迎えたといってもそれは「今、振り返って思うこと」であって、当時は「初戦しっかり勝てば、グループリーグも突破できる」とみんな高いモチベーションでいたが、──ドイツワールドカップは、2敗1分けという散々な結果となった。

初戦のオーストラリア戦が1対3。

第2戦のクロアチア戦が0対0の引き分け。

第3戦、ブラジル戦は1対4。

3試合で勝ち点1という結果だった。

とりわけフォーカスされたのが初戦のオーストラリア戦であり、僕自身がもっとも責任を感じた試合だった。

カイザースラウテルンで行われたこの試合、日本代表は俊くんのフリーキックがラッキーな形で入り先制。前半26分からリードした状態で58分間、84分までを戦う。けれど、残り8分で3点を決められた。

オーストラリア代表が次々と大柄な選手を前線に送り込み、その選手目がけて長いボールを蹴ってくる。いわゆるパワープレーに屈した形だった。

僕自身の出場は79分。ヤナギさんと交代して出場をした。まだ1対0で勝っている状況。でも、ピッチ上の混乱は明らかだった。

パワープレーを執拗に繰り広げるオーストラリアのプレーに、それを弾き返すディフェンダーの選手たちは疲れ果てていたし、前半から走り回って「効いて」いたフォワードのふたりも「蹴らせない」ようにするには限界だった。

後ろの選手を加えるか、前の選手を変えるか。

ベンチで戦況を見ながらアップを進めている僕の想像のなかに、ピッチに立つ自分はいなかった。それが急に呼ばれた。

ヤナギさんとの交代で、フォワードがひとり減る。ポジションはどうする?

確か、ジーコには「戦況を落ち着かせてくれ」と言われたような気がする。でも、正直それどころではなかった。混乱しているピッチの選手たちは僕の投入により混乱したと思う。守るのか、点を取りに行くのか? みんなが疲れているなかで僕の役割は何だろう?

実は、この試合の記憶はあまりない。ファーストタッチでトラップミスをしたような気がする。自分のプレーの記憶がないことは、サッカー人生においてほとんどない。

そして、5分後には1失点、さらに数分で3失点を喫していた。

衝撃だった。サッカー人生において、リードしている状況で途中出場をしてひっくり返される経験が、それまではなかった。

僕が入ったことで、チームは逆転された。

それが現実だった。

これ以上の絶望はなかった。

申し訳ない──。

2戦目のクロアチア戦、3戦目のブラジル戦。誰もが切り替えて戦った。チャンスも作った。でも……、あの「初戦」、あの「僕が交代したあと」の8分がすべてを変えてしまった。

ワールドカップが終わり、ヒデさんは29歳で引退した。僕はあの初戦以降、出番がなかった。

絶望と申し訳ないという思いは、日増しに大きくなっていった。

TEXT=ゲーテ編集部

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