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2023.11.09

『北斗の拳』原哲夫、“一発屋の落ちぶれ”から返り咲くまでの苦悩の日々

六本木・森アーツセンターギャラリーで開催中の「北斗の拳40周年大原画展 ~愛をとりもどせ!!~」。展覧会ではラオウ編終了までの原画400枚以上が公開されているが、ラオウ編の後も『北斗の拳』の連載は続き、北斗琉拳の伝承者カイオウとの闘いなど新章が制作された。漫画家・原哲夫へのインタビュー連載第3回は、『北斗の拳』を取り巻く当時の状況や連載終了後の心境について聞く。【別の回を読む】

原哲夫

ラオウ死すも『北斗の拳』は終わらない

1983年に週刊少年ジャンプ誌上で連載が始まった『北斗の拳』。当初はケンシロウとラオウの闘いを最後に、3年程度で連載が終了する予定だった。原哲夫もまた、担当編集者からそう聞かされていた。

「3年って聞いていたから、120%の力で頑張ることができていたんです。1日15時間以上働き、たとえ休日が1日もなくても。命がけで描いていたのに、編集部が『あと1年は続けたい』と言い出した。人気があるうちは連載をやめられないのはわかるけど、そんなの大人の事情。僕は若かったから、『3年で終わるって言ってたのに』って反発しました」

だが、意見は通らない。ラオウの死とともに“第一部・完”となった『北斗の拳』は休載期間もなく、次の週から新章がスタートした。

「まったく休んでいなかったから、心がくじけました。それも第一部から数年後という設定。キャラクターは歳を重ねて容貌が変わっているし、新しいキャラも必要じゃないですか。原作者の武論尊先生も設定をつくる時間があるのか心配になりました」

それでも原哲夫は自分を奮い立たせ、モチベーションを取り戻した。

「『北斗の拳』は自分の代表作で最高傑作にすると決めていたから、途中で投げ出すことはできなかった。最後まで死ぬ気で描く姿勢を貫けたと思います。ただ、どうしてもアイデアは枯れてきてしまう。今まで描いたことがない雑魚キャラを出そうと工夫しても、なかなかいい感じに仕上がらない。『北斗の拳』の最後のほうには、今見たら、なんで描いたんだろうと思える、妙に顔の長いキャラクターが出てきたりするんです」

原哲夫
『北斗の拳』はラオウとの戦いで完結するはずだった。「でも、10年後の世界を描いてくれと言われた。そんな無茶なと、当時は納得できませんでした」と原は振り返る。

気がつくと、お金がない

『北斗の拳』の連載は週刊少年ジャンプ1988年35号まで継続。5年という長期にわたる大作になった。

「連載が終わる頃は人気が落ちてきていました。人気絶頂であればさらに継続ということになったかもしれない。そう思うと、敗北感もありました。連載が予定より延びるのはイヤだけど、終わってしまうのも寂しい。複雑な気持ちだったのを覚えています」

1983年の連載開始から初めて味わう、締切からの解放感。「『北斗の拳』は大ヒットしたし、これで俺は安泰かな。余生は絵でも描いてのんびり過ごそう」と思ったという原哲夫だが、現実はそうはいかなかった。

「当時は税金が高く、手元にお金が全然残らなくて。26歳で結婚していたから、家族を養うために稼がなきゃならない。一生安泰だなんて、夢の話でした」

落ち目の屈辱から復活へ

『北斗の拳』連載終了から3ヵ月後、新連載『CYBERブルー』がスタート。だが思うように人気を獲得できずに、連載は約半年で終了した。

「原哲夫は“『北斗の拳』の一発屋”と言われました。落ちぶれたなって落ち込みましたよ。気持ちがしゅんとなっている時に、『北斗の拳』の編集者だった堀江信彦さんが『花の慶次~雲のかなたに~』の話を持ってきてくれた。もう、涙が出そうになるくらい、本当にうれしかった」

『花の慶次~雲のかなたに~』はヒット作品となった。同作の主人公・前田慶次の関ヶ原後の活躍を描く、『前田慶次 かぶき旅』は原哲夫と堀江信彦を原作者に今も『月刊コミックゼノン』で続いている。2010年から2022年まで連載した『いくさの子-織田三郎信長伝-』も原哲夫の代表作のひとつになった。

「僕は成功も失敗も経験して、大勢の人に助けられていることを知った。嫌なことを言う先輩の漫画家や編集者も、実は自分の力になっていた。強敵も友である。それが、ようやくわかりました」

『花の慶次~雲のかなたに~』の仕事では、もうひとつ素敵な出会いがあった。同作は小説家・隆慶一郎の時代小説『一夢庵風流記』がもとになったもの。戦国の世きっての傾奇(かぶき)者・前田慶次の自由奔放な生き様を描いている。

「27歳の時に、堀江さんが隆先生に引き合わせてくれました。先生から江戸時代の書物『葉隠』を読むように勧められて。『葉隠』には“武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり”という有名な一節があるでしょう。繰り返し読むと、だんだんその真意が見えてきた。『葉隠』は武士に本当に死ぬことを求めているのではなく、“常に死んだ身と等しくあれ”と説いています。これはつまり『生きろ』というメッセージでは。そう受けとめて、僕は『花の慶次』で死に身の覚悟ができたんです」

自分たちの会社コアミックスを設立

『花の慶次~雲のかなたに~』によって、原哲夫は再び人気漫画家へと返り咲いた。だが、心の中にはモヤモヤするものが残ったという。

「漫画家は人気商売だから、浮き沈みがあるのは当たり前。特に僕のような原作者付きの漫画家は下に見られやすい。代わりはいくらでもいる、という感じでした。

ちょうどその頃、ある版元から『北斗の拳』を廉価版で再販するという話が来た。その印税が驚くほど安くてね。ああ、僕のことはもちろん、作品も安く見られているんだなって。作品は僕ら漫画家の力で守らなければならない。

そう思って、僕のことを守り育ててくれた担当編集者の堀江さんに、一緒に会社をやりましょう、と声をかけたところ、偶然ですが堀江さんも新しい会社の設立を構想していたんです。さらに漫画家の北条司さん、次原隆二さんも参加し、コアミックスという会社を立ち上げました」

作品を自分たちの手で守り、未来へと受け継いでいく。この姿勢が『北斗の拳』の新しいファンを作り、「北斗の拳40周年大原画展 ~愛をとりもどせ!!~」を開催へと導いたのだろう。

※次回に続く

原哲夫/Tetsuo Hara
1961年東京都生まれ。1982年に週刊少年ジャンプ(集英社)にて『鉄のドンキホーテ』で連載デビュー。1983年、原作に武論尊を迎えて『北斗の拳』を連載開始。自身最大のヒット作となる。1990年には隆慶一郎の小説をもとに『花の慶次~雲のかなたに~』を、2001年には週刊コミックバンチ(新潮社)にて『北斗の拳』の過去の時代を描く『蒼天の拳』を連載した。

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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