人体が爆裂する過激な描写で人気を博した『北斗の拳』、その作品世界に満ちる「闘気」=「オーラ」はいかに生まれたか? 様々な漢たちがみなぎらせる「オーラ」の秘密に鋭く迫った! ※GOETHE2006年11月号掲載記事を再編。掲載されている情報等は雑誌発売当時の内容。 【特集 レジェンドたちの仕事術】
原流「オーラ」の秘密
『北斗の拳』は1983年から集英社の『少年ジャンプ』誌で連載され大ブームとなった、原作・武論尊、漫画・原哲夫による格闘マンガだ。その作品世界では「気」と書いて「オーラ」と読ませる台詞もあり、闘気=オーラは深く作品に根ざす存在だが、オーラが作品内で大きな位置を占めるようになったその過程を、漫画担当の原哲夫氏に聞いてみた。
「あれは中国拳法の『気』をディフォルメした、空気がゆがんでくる表現なんですよね。アクションや技の表現は武論尊さんから届く原作には指定されてないので、こちらで担当と一緒に考えていきます。そもそもケンシロウの秘孔を突くというのも、指さきに『気』を溜めて、グワッとそれを相手に注ぎ込むことなんですよ。だから相手は破裂するんです」
そう語る原氏は中国武術にも詳しく、『北斗の拳』の拳法も、要所要所ではその動きを実際に自ら行いながら描くそうだが、あれだけ迫力一杯でかつ人体の構造が正確に描き込まれた絵を見ればそれも納得だろう。アメリカのファンタジーアート界の巨匠フランク・フラゼッタに強く影響を受けたというその絵は読者には大きな魅力だが、本人にとっては諸刃の剣でもある。というのも、輪郭線ではなく陰影のタッチで描いていく絵のために、脇役や馬に至るまで、キャラクターをアシスタントに任せることが不可能なのだ。
マンガの世界も分業化が進み、週刊連載ともなると時間との戦いでもあるため、背景はもちろん、メインのキャラクター以外は登場人物もアシスタントまかせなのはよくある話だが、『北斗の拳』をはじめとする原哲夫作品ではそうはいかないらしい。ためしにラオウの愛馬「黒王号」 をアシスタントに描かせてみたが、とても代わりが務まる出来栄えにはならなかったという。
つまりはそれだけ御本人の負担が増える訳で、『少年ジャンプ』の連載を毎週毎週、5年間もあれだけのクオリティで続けられたのは、御本人が20代で体力充実の時期だったこともあったろうが、一つの奇跡と呼んでも大げさではないだろう。
そんな執筆状況のため、『北斗の拳』のコマの背景で生き物のようにうごめく闘気(オーラ)の効果そのものも、原氏が自ら描いているという。どうやってあの表現を創ったのか具体的に聞いてみたが「どのようにして描いたかと聞かれても困るんですよ。描きつつある絵と心で対話しながらやってる、感覚的なものだから……」との答えが返ってきた。しかし話を進めるうちに解ったのだが、なんと原氏には人の発するオーラが見えるという!
「人によってオーラは異なるから、いやな感じのオーラを身につけている人と会った時には、こっちの調子まで悪くなっちゃうんですよ……」と苦笑交じりに話す原氏だったが、なるほど、『北斗の拳』のライバルたちが身にまとう闘気の効果もキャラクターによって違っている。ケンシロウのはしなやかに波紋が広がるようなオーラで、ラオウのは剛毅で直線的なもの、トキのは揺らめきながら伝わる水の流れのような闘気だ。変わり種では五車星の一人・山のフドウの闘気があって、噴水のように力強く湧き出てくるオーラだった。
「拳法家にはそれぞれ特有の『問合い』というものがあります。相手がその範囲に入ってきた瞬間に戦いは始まるみたいなものなんですが、その間合い同士が近づいていってぶつかる様子、その命がかかった危ない領域を闘気で表しているんですね」
こう言葉で表現してくれた原氏は様々な闘気のパターンを、出会った人々が発していたオーラから会得していったのかもしれない。『北斗の拳』の初代担当編集で、現在は『コミックバンチ』編集部のあるコアミックス社の社長でもある堀江氏はラオウのモデルの一人だそうだが、昔、部下がウソをついてキャバクラで遊んでいた時に、その堀江氏が発した怒りのオーラは凄まじかったという……。『北斗の拳』の作品中で最初に闘気を噴出させたのはラオウだそうだが、原氏にとってはよほどその出来事が印象的だったのだろう(笑)。
「オーラ」は成長する!?
また、同じキャラでも戦いを経て成長していくにつれ、闘気(オーラ)の質が変わっていく。ケンシロウとラオウの最後の戦いでは、剛拳一筋だったラオウがユリアを手にかけて哀しみのオーラを身にまとい、それによって究極奥義「無想転生」を会得したため、剛毅一直線だったラオウの闘気もケンシロウ同様、自由に操れる質のものに変わっていた。かくして北斗の技では全く互角の勝負となったラオウとケンシロウは、暗殺拳ではない純粋な拳法そのもので撃ち合うが、ケンシロウがラオウの肉体でなく闘気を見据え、その乱れに無想の一撃を撃ち込もうとしていることを悟ったラオウは、全身からオーラを消し去ってから、最後の渾身の一撃をケンシロウに放っている。この後が有名な「わが生涯に一片の悔いなし」のセリフになる訳で、この戦いの結果を書く必要は無いと思うが、このように『北斗の拳』 の一大クライマックスでも、原哲夫氏のオーラ(闘気)の描き方は変化に富み、その部分でも読者を飽きさせないのである。
まだまだ続く『北斗の拳』
マンガ本編の連載は終了して久しいとはいえ、『北斗の拳』ワールドはまだまだ継続中である。新潮社の『コミックバンチ』誌で連載中の『蒼天の拳』はケンシロウの二代前の北斗神拳継承者である霞拳志郎を主人公とする物語だが、古くからのファンにとってこの名前は、『北斗の拳』の原型作品におけるケンシロウの名前でもあるのでニヤリとさせられるところである。また『北斗の拳』の物語をラオウの視点から描いた映画とOVAの連動企画である五部作も進行中で、これまでのマンガやアニメに登場しなかったキャラクターも登場するそうなのでこちらも楽しみだ。さらには、『蒼天の拳』を第三部、『北斗の拳』を第四部とする「『北斗の拳』サーガ」も構想されているようで、原氏も「私が全部のマンガを描くのはもう無理ですが、アニメならもちろんキャラクターは創れるし、演出もできるんで、何らかの形で関わっていくつもりです」と語ってくれた。
いろいろと興味深いお話をうかがうことができ、大変充実したインタビューとなったが、一つ気がかりなことがあったので最後に恐る恐る尋ねてみた。それは「我々の発するオーラが原氏にはどのように見えていたか?」なのだが、幸い「今日おいでのみなさんは穏やかなオーラの方ばかりでしたよ」とのお答えだったので安心すると同時に、原氏の静かに輝く目がトキのそれのように見えてきて、こういう目の人だから、あの優しさと哀しみを併せ持つ作品を創り続けていけるのだと、改めて感動したのだった。今後生み出される新しい作品でも、原哲夫氏はきっとまた様々なオーラを描いてくれるに違いない。