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2023.11.10

片眼で描き続けた『北斗の拳』。視力を取り戻した原哲夫の現在地とは

六本木・森アーツセンターギャラリーで開催中の「北斗の拳40周年大原画展 ~愛をとりもどせ!!~」。会場では原画400点以上に加え、原哲夫が描き下ろしたアートワーク3点が展示されている。その新作に込めた思いとは何か? インタビュー連載第4回では、原の現在と未来に迫る。【別の回を読む】

原哲夫

死ぬ覚悟で描いた新作

原哲夫の漫画は『北斗の拳』連載時から「圧倒的な技術と臨場感」と評判を集めていた。展覧会「北斗の拳40周年大原画展 ~愛をとりもどせ‼~」で、生の原画を目にすると改めてそのクオリティの高さに驚かされる。

「そう言ってもらえるとうれしいですよ。ただ、僕の原画は汚いですよね(笑)。キャラクターに魂を宿らせようと必死だったから、同じ箇所を何度も何度も描き直している。だから修正液の白塗りが多いんですよ。当時は吹き出しのセリフは写植の貼り付け。糊の跡も目立つし、展覧会を見ると“ああ、なんて汚いんだろ”って思いますね(笑)」

原が言うその“汚さ”も、ファンにとってはグッとくる要素。『北斗の拳』制作現場の熱量が生々しく伝わってくる。そして展覧会のもうひとつの見どころが、原が描き下ろした3点の新作だ。

「展覧会開催に合わせて新作を描いてくれと依頼がありました。なんとかなるだろうと思って引き受け3ヵ月かけて描き上げましたが、もう完全に死んだ(笑)。サイズの大きなカンヴァスに絵を描いた経験がなかったし、描いていると『もっと描き込みたい』って意識が高まってきて、全然完成に近づかない。『北斗の拳』を連載していた頃の“絵に魂が宿ってくる”感覚を久しぶりに味わいました。描いている途中で、何度死を覚悟したことか」

角膜移植手術を受け、視力が回復

実はこのインタビューも、取材申し込みから数ヵ月を経てやっと実現したもの。アトリエに閉じこもり、展覧会開幕の直前まで描き続けていたという。

「目の調子がね。やっぱり辛くて。手術を受けて視力は回復したんだけど、長時間描いていると疲れてしまうんですよ。当初の想定以上に時間がかかりました」

手術というのは、今年(2023年)に受けた角膜移植手術のこと。実は、原は『北斗の拳』連載時から目の不調に悩まされていた。

「円錐角膜っていう病気なんですよ。角膜が円錐のように尖ってくる難病で、1000人に1人くらいという珍しい病気。徐々に視力が落ちてきて、『北斗の拳』の連載終盤は主に左目で描いていました。全国各地いろいろな病院を訪ねたけど、医師は皆、治らない病気だといって。それで手術は諦め、完全に見えなくなったら心の目で描こうと。

でも最近になって、知り合いに“治せる”という医師を紹介してもらったんです。そして、今年6月に角膜移植手術を受けました。結果、手術は大成功。0.03だった右目の視力は0.3に回復。今までの10倍、モノがよく見えるんですよ」

漫画か? アートか?

その喜びを感じつつ夢中になって描いたという3点の新作絵画。油絵具やアクリル絵具、カラースプレーなどさまざまな画材を用いてテクスチュアを重視した作品は、絵肌の質感や凹凸など、「これぞアート」と言いたくなる見ごたえにあふれている。

「よく漫画とアートの境界はどこかって議論になるじゃないですか。僕も明確にはわからないけれど、原画を印刷したものは“漫画”というイメージ。でも手描きの一点ものの原画は“アート”って呼んでもいいのかなって思う」

手描きというアナログの世界だからこそ、作品に魂が宿る。だが原は、漫画界でも使われ始めたAIを否定しているわけではない。

「AIの画像生成技術はすごいですよ。凄まじいスピードで進化し、ディテールの作り込みも緻密になっている。僕も試しに使ってみましたが、『ヤツラには勝てない』っていうのが率直な感想。しかもヤツラはすでに魂が入っているふうに描けるんですよ。そういう時代だからこそ、僕は人間の手で描くことにこだわり、アナログを突き詰めていく。そこにしか活路はないんじゃないですかね」

人類はAIに勝てるのか

その活路の先に勝ち目はあるのか。人間はAIの進化に勝利することはできるのか。

「たとえば、完成という概念。漫画やアートって、もっと描き込みたい、もっと手直ししたいと思えば、作品をいつまでも作り続けられるでしょう。作者が『これで終わり』と決めた時点で完成になる。だからたとえ作品が未完であっても、完成品として発表することができるんです。その曖昧というか、適当なところが人間の持ち味。そこに勝ち目はあるような気がします」

そして最も重要なのは『死ぬ覚悟』だという。

「AIにできないのは『死ぬ覚悟』。苦しみ、苦しみ、苦しんで、考え抜く。そして『これは本当に死ぬな』って思ったところに、『俺が欲しかったのはこれだよ』っていうのがある。それが『魂が入る』ってことなんですよね。その魂が入った絵で、読者みんなを喜ばせたい。そのために命を懸け、自分の欲を捨て、自分を殺す。どれだけ苦しくてもやり抜く。僕にはそれしかないんですよ」

原哲夫の人生観は、まさにケンシロウの生き様そのもの。恋人ユリアへの愛のため、そして世紀末を生きるすべての人々のために、命懸けで闘い続けた。

「『北斗の拳』は僕のすべての思いを詰め込んだ作品。だから、これからも『北斗の拳』に出てくるキャラクターの絵をコツコツと描いていきたい。角膜移植手術が成功し、再び視力を手に入れた今、もっと読者を喜ばせることができると思う。そんな心境なんですよ」

※第1回は関連記事より

原哲夫/Tetsuo Hara
1961年東京都生まれ。1982年に週刊少年ジャンプ(集英社)にて『鉄のドンキホーテ』で連載デビュー。1983年、原作に武論尊を迎えて『北斗の拳』を連載開始。自身最大のヒット作となる。1990年には隆慶一郎の小説をもとに『花の慶次~雲のかなたに~』を、2001年には週刊コミックバンチ(新潮社)にて『北斗の拳』の過去の時代を描く『蒼天の拳』を連載した。

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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