六本木・森アーツセンターギャラリーで開催されている「北斗の拳40周年大原画展 ~愛をとりもどせ‼~」で、改めて『北斗の拳』の魅力を再確認したという人も多いのではないか。その漫画担当である原哲夫へのインタビュー連載第2回は「魅力的なキャラはどのように生み出されたのか」をテーマに話をうかがった。【別の回を読む】
漫画はキャラクターだ
『北斗の拳』が世界的な支持を集める理由は、多彩で魅力的なキャラクターにある。ラオウ、トキ、ジャギ、ケンシロウの、北斗神拳伝承者の座を争う北斗4兄弟。シン、レイ、ユダ、シュウ、サウザーといった南斗の男たち。さらにヒューイ、シュレン、ジュウザ、フドウ、リハクの南斗五車星。こうしたキャラクターは強く記憶に残り、今もその名を聞いただけで顔が思い浮かぶという人も多いのではないか。原哲夫は語る。
「ケンシロウのキャラクターは以前から固まっていた。大好きなブルース・リーや松田優作さん、それと映画『マッドマックス』の主人公を演じたメル・ギブソン。これらのイメージを組み合わせてケンシロウが誕生しました。敵役として登場したシンもほとんど悩まなかった。パッと閃いた長髪の男を描いたら、それがシンになった」
ただ、その後は生みの苦しみを味わった。頭の中に浮かぶキャラクターのイメージがどれもイマイチ。個性を出そうとしても、シンやケンシロウと同じような容姿になってしまう。
「原点に立ち返ろうと考えました。ケンシロウはブルース・リーや松田優作さんという実在の人物をモデルにした。実際の人物をモデルにすることで、キャラクターにリアリティが生まれ、魂が宿るんじゃないかと。
それが形になり、キャラ作りの突破口になったのが、シンの後に登場したレイですね。レイのモデルはロバート・ランバートという俳優。レイはシンと似たような美形、イケメンのキャラですが、まったく違う個性を持ったキャラに仕上がったと思います」
それを経てからは、『北斗の拳』に出てくる初期のキャラクター作りにはそれほど苦労しませんでした。アイデアの蓄積もあったので、パッ、パッと形になっていったんです。僕は小学校の頃、ウルトラマンや仮面ライダーが大好きだった。そうした特撮ものには毎週違った怪獣や怪人が出てくるでしょう。僕は将来漫画家になろうって決めていたから、今からキャラを作っておこうと思って。
で、1週間に1人、怪人キャラクター作りをしていました。授業中でも先生の話を聞かずに、ノートに怪人を描いていたんです。ある日、竹刀を持ったおっかない先生に見つかってしまった。でも先生は怒らずに、『お前、うまいな』と。オレ、プロの漫画家としてやっていけるんじゃないかと自信を持ちましたね(笑)」
やがて漫画家の小池一夫が開講した「劇画村塾」に参加。小池の「漫画はキャラクターだ」という言葉に出合い、ストーリー作りが苦手でも、キャラクター作りが得意なら、漫画家としてやっていけるという思いを強めたという。
実はラオウを描きたくなかった
その後に登場する主要キャラも、実在の人物をモデルに制作されたものが多い。
「シュウはクリント・イーストウッド、サウザーは映画『時計じかけのオレンジ』に出てくるマルコム・マクダウェル。ユダはボーイ・ジョージで、ユリアの兄であるリュウガはデヴィッド・ボウイ。そうしたモデルをそのままキャラにするのではなく、目や口、鼻など、複数の要素を組み合わせて、キャラクターを完成させていました」
そして、ケンシロウ最大の敵であり、兄であり、友であるラオウ。『北斗の拳』の主要キャラだが、原は「ラオウを描きたくなかった」という。
「僕はケンシロウを描きたくて、『北斗の拳』を始めたんです。でもラオウは、そのケンシロウを上回るくらい強く描かなければならない。だから、最初はラオウなんて描きたくなかったんですよ。でも、時間が経つにつれて、ラオウは『北斗の拳』を盛り上げ、ケンシロウをさらに強く見せるために必要なキャラだと割り切れるようになった。
ラオウのモデルはフランク・フラゼッタの絵。フラゼッタは米国のイラストレーターで、彼の絵を学生時代に画集で見て驚きました。筋肉の描き方の凄まじさが頭から離れない。そんなフラゼッタの絵に、名優ルトガー・ハウアーの目を合わせてラオウは誕生したんですよ」
雑魚キャラにこそ命を吹き込む
次々に魅力的なキャラクターを生み出す原だが、女性キャラには苦労し続けたという。
「ユリアやマミヤ、アイリ。女性キャラはたとえ強くても、筋肉をたくましく描くわけにはいかないでしょう。女性らしい優美でやわらかな筋肉でなければいけないんです。でも、そうした女性らしい表現が苦手。女性キャラを描く時もモデルを見つけて、男性キャラと同じように描けばいいと今は思いますが、当時はそうした発想もわいてこなかったんです」
こうした主要キャラに加え、『北斗の拳』には数え切れないほどの“雑魚キャラ”が登場する。1話で死ぬような雑魚キャラは雑になりがちだが、原はこうした名前もないキャラに魂を吹き込んだ。
「小池一夫先生の劇画村塾で『脇役に手を抜くな』と教わった。『神は細部に宿る』という言葉もある。自分でもまさにその通りだと思う。細部を丁寧に描けば描くほど、画面全体が光り輝き始める。だから雑魚キャラのヘルメットもすべて違う。一度描いたものは、僕は二度と描かないんですよ。それに1回で死んでしまうキャラクターこそ、1回しか登場しないんだから丁寧に描いてあげたいなと」
細部にこだわり、魂を宿らせた『北斗の拳』。だからこそ、連載開始から40年が経過した今も愛され続ける名作になったのだ。
「そのせいで、編集部からどれだけ怒られたことか。締め切りが大幅に過ぎてしまい、『もうそろそろ限界です』って。僕のアシスタントからも、呆れられるほどでしたね(笑)」
※次回に続く
原哲夫/Tetsuo Hara
1961年東京都生まれ。1982年に週刊少年ジャンプ(集英社)にて『鉄のドンキホーテ』で連載デビュー。1983年、原作に武論尊を迎えて『北斗の拳』を連載開始。自身最大のヒット作となる。1990年には隆慶一郎の小説をもとに『花の慶次~雲のかなたに~』を、2001年には週刊コミックバンチ(新潮社)にて『北斗の拳』の過去の時代を描く『蒼天の拳』を連載した。