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2023.10.22

約7年追ってきた将棋記者が語る、天才棋士・藤井聡太の異次元の強さ

対局のネット中継が普及し、棋士たちの熱き戦いを多くの人が知るようになった。一方で、棋界を10年以上取材してきた新聞記者・村瀬信也氏は、カメラに映らない光景や対局室のマイクが拾わない言葉から、彼らが胸に秘める闘志や信念に接してきたと語る。将棋界を牽引する7名の棋士が現在の活躍に至る軌跡を、2022年刊の村瀬氏の著書『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』より振り返る。第1回 藤井聡太。【別の棋士の記事を読む】※情報は2022年1月26日発売時のもの

将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

AIを鵜呑みにせず、誰も見たことがない手を放つ

藤井の取材を続けていて、折に触れて考えることがある。「なぜ、この若さでここまで強くなれたのか」ということだ。

抜群の読みの速さと正確さは、幼い頃から数え切れないほどの詰将棋を解くことで培われた。勝敗に直結する終盤の力は、奨励会員の頃から既にプロレベルに達していたと言っても良い。小学6年の時に、棋士も参加する詰将棋解答選手権で初優勝を果たしたのがその証しだ。

今や人間をしのぐほどにまで強くなった人工知能(AI)の長所も、うまく採り入れた。棋士が実戦で想定される局面をAIで下調べしてから対局に臨むのは今や当たり前だが、藤井は奨励会三段の頃から研究に活用するようになった。明快な結論が出にくい序中盤の感覚や大局観が磨かれたという。

一方で、藤井が心がけていることがある。「AIの指し手を鵜呑みにしない」ということだ。AIが示す指し手や形勢判断の根拠を、自分の頭で考えて解釈する。それがおろそかだと、かえって自分の将棋を見失うことになりかねない。

2020年7月、初タイトルを獲得した直後の藤井にインタビューした際、こんなことがあった。「藤井さん自身の将棋がAIに似てくることはあるか」と尋ねると、「似てくることは基本的にないと思います」ときっぱりと否定されたのだ。「将棋は一局ごとに違う局面が現れるので、全体的な指し手の傾向として極端に似るのは考えづらいです」。口調は穏やかだったが、「似る」という言葉に対する反発心が強く印象に残った。

これまでの取材を振り返って、改めて思う。藤井は考えることが何より好きなのだ。AIに安易に頼ることなく、納得のいくまでとことん考え抜く。そんな姿勢が、誰も見たことがないような手を放つことにつながるのだろう。

藤井はプロ入りから5年余にして、将棋大賞の升田三(ますだこうぞう)賞と升田幸三賞特別賞を1回ずつ受賞している。通常は独創的な戦法の創案者に贈られる賞だが、藤井は中終盤の妙手が高く評価されて選ばれた。従来の価値観を覆すほどの新たな輝きを見いだされたからこその受賞だった。

以前、中学生棋士の先輩である谷川浩司は、こう話していた。

「藤井さんは、将棋の魅力に取りつかれたことでここまで強くなったのでしょう」

将棋にそこまで取りつかれる「素質」を持っていたことこそが、藤井の才能なのかもしれない。

藤井の才能を早くから見抜いた師匠の思い

藤井の類いまれな才能にいち早く気づいた棋士が、師匠の杉本昌隆だった。

2人は2010年3月に出会った。東海地方の子どもたちが通う東海研修会に杉本が指導に訪れると、そこに小学1年の藤井がいた。年上の子どもたちに混じって将棋を指していた藤井が、感想戦で「この歩を打たないと、この将棋は(自分に)勝ちがない」と主張している場面が目に留まった。7歳にして、「勝つためにはこういう勝負手を指さないといけない」という考え方が備わっていることに気づいたのだ。その後も藤井は研修会に通ってメキメキと上達。2012年夏に杉本の弟子になり、奨励会試験に合格してプロへの道のりを歩み始めた。

杉本が藤井に大きな期待をかけていたことを物語るエピソードは枚挙にいとまがない。以前私が杉本に、奨励会時代の藤井と将棋を指している場面の写真を朝日新聞の紙面で使いたいと依頼した時のことだった。その写真を撮った経緯を聞いて、衝撃を受けた。

「将来、彼が棋士になった時に、『師弟で将棋を指している写真はありませんか』と取材で聞かれるだろうと思ったんです。私の研究室で指していた時、彼のお母さんに撮ってもらいました」

プロになった杉本の弟子は、今に至るまで藤井の他にはいない(情報は本書発売時のもの)。弟子たちには「何とかプロになって欲しい」と願うのが自然に思えるが、藤井に対してはそれにとどまらず、プロになった後の取材対応のことも見越していた。プロの眼力の確かさと杉本が抱いていた思いの強さに驚かされた。

藤井の大活躍は、杉本自身の生活、そして将棋に取り組む姿勢を変えた。原稿の執筆を依頼される機会が増え、今は新聞と週刊誌に連載を抱える。人材育成をテーマとした講演会の依頼も相次ぐようになった。

「『杉本八段』としてよりも『藤井竜王の師匠』として見られることが圧倒的に多いです。それが複雑と言ったら、罰が当たると思いますが」

特筆すべきは、2018年度のC級1組順位戦で師弟そろって昇級争いを演じたことだろう。

2019年3月5日。最終戦を終えて、共に9勝1敗という好成績を挙げながら、順位の差で藤井は昇級を逃し、杉本はB級2組への復帰を決めた。対局後、「棋士としては最高の気持ちだが、師匠としては複雑な思いがあります。藤井七段は必ず近いうちに昇級してくるのは間違いない。もう一度Bクラスで共に戦える日を待っています」と述べる杉本の表情はこわばっていた。杉本は当時をこう振り返る。

「同じクラスなので、弟子の前で恥ずかしくない将棋を指したいと思いました。モチベーションになったのは間違いないです」

棋士として求められること、師匠として求められることのはざまで気持ちが揺れることもある。時に戸惑いを覚えつつも目指しているのは、「第二の藤井」を送り出すことだ。

「藤井竜王に続く棋士を育てたいです。それが私に求められていることだと思います」

※「第2回 渡辺明」に続く

【別の棋士の記事を読む】

藤井聡太/Sota Fujii
2022年愛知県生まれ。杉本昌隆(すぎもとまさたか)八段門下。2016年に史上最年少の14歳2カ月でプロ入り。2017年、デビュー以来無敗の29連勝(歴代1位)を記録。2018年の第11回朝日杯将棋オープン戦にて、最年少の15歳6カ月で中学生初の棋戦優勝を果たす。2020年6月、第91期棋聖戦でタイトル初挑戦。17歳10カ月20日でのタイトル挑戦は史上最年少。7月、棋聖を獲得。17歳11カ月でのタイトル獲得は史上最年少。8月、第61期王位戦で王位を獲得し、二冠。2021年9月、第6期叡王(えいおう)戦で叡王を獲得し、三冠に。11月には第34期竜王戦で勝利し、史上初となる10代での四冠を達成。タイトル獲得は通算6期、棋戦優勝は5回。

村瀬信也/Shinya Murase
1980年東京都生まれ。早稲田大学将棋部で腕を磨き、2000年の学生名人戦でベスト16に。2003年、朝日新聞社に入社。2008年に文化グループ員になり、2011年から将棋の専属担当に。大阪勤務を経て、2016年、東京本社文化くらし報道部員になり、将棋を担当。名人戦や順位戦、朝日杯将棋オープン戦を中心に取材。Twitter: @murase_yodan

TEXT=村瀬信也

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