仕事も世代も違うが、意識や価値観が似ている仲間と過ごす時間が大切だ、と語る大沢たかお。壮大なテーマと圧倒的なスケール感から実写化は不可能とされた『沈黙の艦隊』。その公開を控える男が今、静かに思うこと。
人として、役者としてどう生きるのかを常に自分に問う
凪(な)いだ海のようにおだやかで、悠然とした佇まい。大沢たかおが持つオーラは、水平線の向こう側からゆっくりと上がる太陽のようにあたたかな生命力に満ちている。
2023年9月に公開される『沈黙の艦隊』は、原子力潜水艦を舞台に、主人公・海江田四郎が人生を賭けた“大勝負”に挑む話題作。自身も原作の大ファンとあって、映画化のために尽力した。原作者のかわぐちかいじ氏に会い、熱意あるプレゼンでその場に同席したスタッフ陣の心をも打ったというエピソードからも伝わるように、大沢は海よりも深い誠意を持つ役者だ。
「この作品のプロデューサーでもある松橋(真三)さんと対話するなかで生まれた、実写化への思いをどうしてもかなえたかった。30年前に多くの人の心を捉えた物語を映画化させてくださいと、かわぐち先生にお伝えしたら、今やるのでしたら現代に合うように存分にアップデートをしてくださいと言ってくださって。原作で描かれているテーマをどこまで表現できるか未知数でしたが、夢が現実となって動きだした瞬間でした」
これまで大沢が出演した映画には、原作を実写化した作品も多い。例えばさだまさし氏の楽曲を小説化した『風に立つライオン』。曲を聴き、感銘を受けた大沢がさだ氏に小説化を依頼したことも話題を呼んだ。心を激しく揺さぶられた時、実現に向けて行動するその原動力は、演じたいという役者魂から湧き上がる性(さが)かそれとも――。
「原作に描かれている人間像に惹かれることはあっても、自分がなにがなんでもこの役をやりたいと思ったことは一度もないです。純粋に、この作品を多くの人に知ってもらうために僕ができることはなんだろうと考えた結果。監督をはじめ、あらゆるプロが力を注ぎ、作品と向き合う現場で、僕は残念ながらカメラを回すこともできないし、照明の技術もない。チームに参加させてもらうためにできるのは演じること。素晴らしい原作の世界観を思考して、自分の方法で表現することしかできないんです。
もともと、今日怠けたら明日の芝居がダメになるという性分ですが、必要以上に気負わないのも大切。作品を観てくださった方がどう受けとめるかはそれぞれだし、どんな時も答えはひとつではないから」
『沈黙の艦隊』も多くのメッセージ性を持つ作品。それゆえ全編にわたりシリアスな空気感に包まれるが、現場の雰囲気づくりなどで意識したことはあるかとたずねると、自分よりも作品やともに演じる役者、スタッフを尊重する人柄がにじむ答えが。
「みんなでひとつになって作品に取り組むことは大切だと思うけれど、無理にその空気をつくることはしません。でも、例えば出演させていただく作品でその場の空気をつくるベースのベースは自分。撮影後に他の役者さんと飲みに行くこともほとんどしないし、僕からプライべートな話をしたり、そういうコミュニケーションを取ることはしませんが、それぞれの役割をその人のやり方でまっとうできる雰囲気は大切にしています」
役者から離れて過ごす時間に安寧を求めて
演じる作品に対しても、役者同士でも、その観客にもいっさい自分の思想を押しつけることはない。どこまでもさり気なく相手を思いやる気遣いの人だ。
「今回、演じた海江田という男を知る手がかりとして“迷わない人間”だということがひとつあると思うんです。迷っていたとしても誰かには絶対に見せない。僕もその点に共感する部分もありますが、現場で迷った時は逆にみんなが見ている場所で監督に相談することも。他の役者さんと自然と意識を共有できるようになって、緊張した雰囲気が和むんです。
現場にいるのはみんなプロ。新人の役者さんでも僕以上に勉強して撮影に臨まれる方がたくさんいます。緊張感を持つことは大切ですが、その雰囲気のなかでミスを恐れて自分らしさを出せないのはもったいない。だから、僕は初日にあえてミスをしたりもします(笑)。雰囲気づくりを無理にしないけれど、僕はこの作品と心中する覚悟でいるという決意は常に持っているし、最後の責任は自分が取るからという姿勢を見せることで、みんなが安心してくれたらと思っています」
誰かの不安を引き受けてでも、自らが矢面に立つ覚悟。自然体でどこまでもフラットでありながら、揺るぎない信念を持ち続けるのは容易なことではない。
「自分はそんなに強くないということは、自分が一番知っています。映画が公開される前は不安で眠れない日だってある。あの芝居をこうすればよかったと落ちこむことも数えきれません」
作品に、人に、深く熱い思いで向き合い、極限まで自分を追いこむことも。心の安寧を見いだせる場所はあるのだろうか。
「この頃、3、4ヵ月に一度くらいの頻度で集まって友人たちといろいろな話をしながら過ごす時間がすごく楽しみなんです。仕事も世代もみんな全然違うんですけれど、意識や価値観がどこか似ていて、その空気感にすごくホッとします。お互い、まったく違う世界で生きてきて、そういう友人と話をすると刺激にも癒やしにもなります。楽しい気分で家に帰って、その日の会話をメモに書き留めたりも」
心の波長がゆるやかに、心地よく重なるという感覚。気持ちをリセットしたり、時には鼓舞されたり。充実した人生を送る男は、束(つか)の間の休息の場所での時間を思いだしたのか、優しい横顔でふっと笑った。
『沈黙の艦隊』
1988年から1996年にかけて『モーニング』で連載され、社会現象を巻き起こした不朽の名作が豪華俳優陣と最新技術によって映画化。予測不可能なストーリー展開から目が離せない。2023年9月29日より公開。