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2022.01.15

新たに日本酒の酒蔵が京都に誕生! 前代未聞のそのキセキ──短期連載【松本日出彦の日本酒づくり・武者修行】

2020年12月31日付で松本酒造の取締役を退任し、松本酒造を去ることとなった松本日出彦氏。「松本日出彦という職人を失ってはいけない」そんな想いで5つの蔵、冨田酒造(滋賀県)、花の香酒造(熊本県)、白糸酒造(福岡県)、仙禽(栃木県)、新政酒造(秋田県)が立ち上がった。2022年1月に日出彦氏が京都の地で新たに「日々醸造」という名の日本酒蔵を創業するに至るまでの、武者修行の軌跡、そしてそのなかで起こった奇跡をまとめてご紹介する。

滋賀県・冨田酒造「日本酒・百花繚乱の世界の幕開け」

松本日出彦が武者修行として始めに降り立った地は、滋賀県の冨田酒造。琵琶湖の北側、湖北と呼ばれる地域に位置し、賤ケ岳(しずがたけ)の戦いがあった戦国時代から480余年の歴史ある酒蔵だ。ここで生まれ、育ち、熟成される幻の銘酒と言われる「七本鎗」で知られる。15代目蔵元兼製造責任者の冨田泰伸氏にとって今回の取り組みはどんな意味を持つのか。

「酒蔵ってブラックボックスのイメージがあると思うんですが、今は割と情報共有が盛んな業界なんです。共存共有しないと業界を盛り上げていけない。だから、その志に共感している日出彦くんと一緒に酒を作るということは自然な流れでしたね。もちろん、日本各地の酒蔵を回って、一緒に酒をつくるなんて取り組みは前代未聞。聞いたことないですけど(笑)」(冨田氏)

今回、日出彦は実家の蔵である松本酒造を辞した際、ある思いを胸に秘めていた。

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熊本県・花の香酒造「日本酒という伝統産業で、経営者に最も必要なことと」

松本日出彦が武者修行として第二の地として訪れたのは、熊本県の北に位置する和水町(なごみまち)の花の香酒造。明治時代後期に、神社に湧き出る岩清水と神社の田んぼで収穫された米から日本酒をつくったのが始まりで、2014年に酒づくり100周年を迎えた蔵だ。6代目当主であり、杜氏である神田清隆氏が今回の取り組みの発端となった人物だという。

「今の酒類業界は、商品開発、製造、管理部門などの分業制によって、本当の意味での職人は育たないと感じています。日出彦さんは、自社プロダクトをすべて理解しながら、価値あるものを見極められる審美眼を持った数少ない職人。自分の生まれ育った蔵を離れざるを得なくなってしまったとしても、僕は日出彦さんが日本酒業界にとって絶対に必要な人物だと思ったんです。日出彦さんが酒づくりを続けられることを第一優先に考えたかった。前向きな行動を1日でも早く取れるように。余計なお世話ですけど勝手に身体が動いていました(笑)」(神田氏)

もともと二人は個人的な親交が深かったわけではない。過去に仕事で数回会っていた程度。ただ互いのつくった日本酒は飲んでいたこと、そして原材料である米を自身で作るために田んぼにアプローチしていたといった「仕事人としての共鳴」があった。日出彦氏は職人同士、互いにつくった酒を飲めば通ずるものがあるという。

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福岡県・白糸酒造「2つの側面を持つ酒造りの職人」

福岡県糸島市。知る人ぞ知る、酒米の最高峰とされる山田錦の一大産地こそ、松本日出彦氏が訪れた第三の地だ。脊振山系(せふりさんけい)の伏流水で仕込み、全量を古式手法「ハネ木」で搾る。8代目の田中克典氏が東京農業大学の4年だった時に、日出彦氏は社会人を経て短大の2年。研究室が同じだったことが出会いの発端だが、交流するようになったのはここ数年のこと。今回の武者修行では奇跡的なやりとりがあった。

「白糸酒造の周りも山田錦がたくさん育っている田んぼがあるんですけど、兵庫県のエリアとの違いを見るために去年、僕が借りている田んぼに田中さんが来てくれたんです」

農家さんと話す中で田中氏は一度試しにここの米で日本酒造りをしてみようかと、日出彦氏が日頃使っていた山田錦を購入していたのだ。

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栃木県・せんきん「初めてのオーガニック・ナチュールの日本酒づくり」

武者修行をした5つの蔵で唯一、大学や他の蔵元で醸造学などを学んだ経験がない中、新たな日本酒造りの概念を作った異端児とも言えるのが、栃木県のせんきんだ。200年の歴史を受け継ぎ、第十一代目であり専務取締役を務める薄井一樹氏と、酒造りの現場責任者である杜氏を務める弟の薄井真人氏の二人三脚で成長を続けてきた。

「薄井さんは日本酒業界の流れを変えた人でもあると思うんです。先入観がないから、規格外のことができる。日本酒って基本的な製法としては江戸時代からあまり変化がないけれど、味わいとしてはものすごく変化しているお酒。もちろん、劣化ではなく間違いなく美味しくなっています。今、日本酒の味わいがさらに進化する過渡期だと思っています」(日出彦氏)

せんきんの代名詞といえば、日本酒業界ではタブー視されていた「酸」を軸とした味わい、そして「ナチュール」というコンセプト。それを形作る真髄は「日本酒のドメーヌ化」と「伝統工芸品としての酒造り」だ。金属製のタンクではなく木桶を使い、機械絞りではなく袋絞りにして、人工の乳酸を添加せず生酛造りに移行中。そして、すべて自社内で製造・瓶詰めまで一貫して行うに至る。

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秋田県・新政酒造「ジャーナリスト魂とDJ魂。酒造りの軸となる二人のバックボーン」

武者修行の最後の舞台となるのは、秋田県の新政。八代目蔵元として新政の製造総指揮をとり、数々の改革を断行して、従来とは一線を画す日本酒造りを行う佐藤祐輔氏の元へ。奇しくも、日出彦氏含め、白糸酒造の田中氏、せんきんの薄井氏、新政の佐藤氏の4人は蔵に戻り、自身で酒を造り始めた時期が重なるという。ちょうど焼酎ブームが巻き起こった2006年、2007年頃のことだ。

「皆スタートは厳しかったよね。当時は日本酒なんて誰も飲まないような雰囲気で、新政の経営状況も危機的状況でした。今思えば、その頃が一番のピンチだったんじゃないかな。酷い状況だからこそ、腹を括った上で、好き勝手にやらせてもらえたんですが、僕の場合は自社を立て直すという目的だけではどうしてもパワーが出ない。自分でやったことがちゃんと何かの役に立って、評価されることでないと。そういう意味では、すぐに地元の秋田県産の米だけに切り替えたり、新政酒造の蔵が発祥となった6号酵母しか使わないとか、結構思い切りましたね(笑)。もう異常に大変だと、悩みがなくなる。もう一度やれと言われたらやりたくないですけど、楽しかったですね」(佐藤氏)

日出彦氏にとっては、この1年がある意味、試練の時だった。自身の日本酒造りを改めて考え、向き合い、行動し続ける日々。

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