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2021.04.29

前田健太が逆境魂の片鱗を見せた高3夏のグランドスラム【スターたちの夜明け前】

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。連載コラム「スターたちの夜明け前」第3回はツインズの前田健太を取り上げる。連載【スターたちの夜明け前】

日刊スポーツ/アフロ

2006年7月29日大阪府大会準々決勝・東大阪大柏原戦

現在、ダルビッシュ有(パドレス)と並んで、日本人メジャー投手の代表格と言えるのが前田健太(ツインズ)だ。昨年はナ・リーグのサイヤング賞投票では2位に選出。今シーズンも開幕投手を任せられるなど、完全にチームのエースと呼べる存在となっている。そんな前田の名前が全国的に知られるようになったのは2004年のことである。1年生ながら背番号11で夏の甲子園に出場し、初戦でいきなり先発を任せられたのだ。PL学園で背番号11の1年生投手ということで桑田真澄を連想させるということもあり、多くのメディアで『桑田二世』とも紹介されている。しかしこの時の前田は日大三を相手に打ち込まれたこともあって、個人的にはそれほど強く印象には残っていない。1年生にしてはセンスのある投手だなというのが正直な感想だった。

そんな見方が大きく変わったのが翌年3月に行われた日大三との練習試合だ。甲子園の再戦となる東西の強豪対決ということもあって練習試合とは思えないほどの観客が日大三グラウンドに訪れていたが、新2年生となる前田は前年夏とは別人のような投球を見せてチームの勝利の大きく貢献。当時、筆者が記したノートに「逆球がほとんどない」、「回転の良いボールがコーナーにビシビシ決まる」、「カーブは一度浮いてから鋭くブレーキして落ちる本物のボール」、「落ち着いたマウンドさばきは高校生離れしている」など、そのピッチングを絶賛する言葉を並べている。8月の甲子園からは約半年の期間はあったものの、これだけ劇的にプレーが良くなることはそうそうあるものではない。この試合で前田健太という名前は完全に翌年のドラフト候補として強烈にインプットされることになった。

バッティングでも超高校級

改めて記録を見返してみると、これ以降に前田のピッチングを現場で見たのは5試合。結果を見ると全ての試合において完璧に相手を抑え込んでいるわけではないが、それでも当時のノートには常に称賛の言葉が多く並んでいる。例えば2年秋の大阪府大会、近大付との試合のメモには「コントロールはプロ」という言葉もある。またその3週間後に行われた近畿大会の綾羽戦では3失点完投勝利をおさめながらも被安打は9と打ち込まれる場面もあったが、「それでもアウトローへ決まるストレートは◎」と書いている。

また前田が非凡だったのはピッチングだけではない。牽制やフィールディング、更にバッティングについても常に超高校級というプレーを見せており、その点についてのメモも増えるため自然と前田のプレーを記載するスペースは多くなるのだ。前述した近大付との試合では実に14行にわたってそのプレーの特徴を記載しており、これは一人の選手について残すメモとしてはなかなかない文量である。

そして最も強く印象に残っているのが高校生活最後の試合となった3年夏の東大阪大柏原戦だ。この試合、前田は先発マウンドを背番号10の富田康祐(元DeNA)に譲り、4番レフトで出場。しかし富田が立ち上がりから相手打線に打ち込まれ、2回には緊急リリーフでマウンドに上がることとなる。ほとんど投球練習ができなかった影響もあって前田もいきなり連続四球を与えるなど流れを止めることはできず、2回終了時点でスコアは1対8。5回表には更に1点を追加されてビハインドは8点となり、球場にいた誰しもがPL学園のコールド負けを予感する展開となった。

しかしそんな予想外の大量リードを許しても前田の心は折れていなかった。5回裏、押し出しで1点を返してなおも満塁の場面で打席に立つと、レフトスタンドへ打った瞬間に分かるグランドスラムを叩き込んで見せたのだ。最終的には反撃も及ばず6対9で敗れ、前田の高校野球はこの試合で幕を閉じることとなったが、勝利が絶望的な場面でも簡単に諦めることなく、最高のパフォーマンスを見せられる“芯”の強さを感じさせる試合だった。野球選手としての類稀な才能はもちろんだが、劣勢にも屈しないこの負けん気があるからこそ、メジャーの大舞台でも結果を残し続けることができるのではないだろうか。

今後もこの試合のように苦しい時期は何度も訪れると思うが、あの日の万博球場の空に放ったグランドスラムのように、その逆境を跳ね返して更に進化したプレーを見せ続けてくれることを期待したい。

【第2回 山本由伸(オリックス)】

Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

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スターたちの夜明け前

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。

TEXT=西尾典文

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