PERSON

2021.02.03

佐藤可士和の55年の歩みから見る、ヒットの根幹

佐藤可士和の集大成ともいうべき個展が国立新美術館にて開催される。それは思考や概念をひとつの形として表現すると同時に、これまでの仕事と人生を顧みたものとなっているという。佐藤がその55年にわたる軌跡を語る。インタビュー後編。前編はこちら

佐藤可士和

展示の最後を飾るメインビジュアルが「LINES / FLOW」。これはステンレススチール製の「LINES」。「直線は自然界に存在しない概念である」と佐藤。有田焼の陶板でも制作。

クリエイターになる決意をした美大時代

美大の受験は実技がメインなので、まずは美術予備校の冬期講習に通い、デッサンを始めてみました。初日にヘルメス像を木炭でデッサン。「3時間も? 長いな」と思いながらも描き始めたところ、雷に打たれたような衝撃を受けた。「これが受験勉強なの? 面白過ぎる!」と。大興奮して家に帰るなり「美大に行ってクリエイターになる」と母親に宣言したんです。

当時、美大のデザイン科は30〜50倍の超難関。2浪して、多摩美術大学グラフィックデザイン科に進学しました。入学式で、予備校仲間だった友達から「待ってたぞ!」と歓迎され、翌日からパンクバンドを組んで楽しい大学生活を過ごしました。美大は授業の課題も多い。それとは別に自分の作品もつくってコンペに出したり、展覧会を開いたりしていました。そのうえバンド活動もあったから、本当に多忙。バンドにはかなりのめり込んでいて、その時は八王子でひとり暮らしをしていたんですが、20時間ぶっ続けでギターを弾いて曲づくりに没頭していました。大学2年の夏、ふと「音楽をつくるのも絵を描くのと一緒なんだ!」と感じた瞬間がありました。

クリエイティブの可能性は無限だと感じた、音楽の力

僕は、音楽は独学で、楽譜も読めないし書けない。なのに「なんでつくれるんだろう?」と考えた時、絵を描くプロセスとまったく同じ思考回路で曲をつくっていたことに気がついたんです。絵やデザインのことは美大に通っていたのでロジカルに理解していました。テーマを決め、コンセプトを考え、視線誘導によって見せ場を設定する。その考え方で曲もつくっていたのです。このメロディを引き立たせるためには、この音を入れたほうがいいとか、このフレーズの繰り返しの後に転調して世界観を変えることなどが、色や形を操って絵を描くことと同じだと悟った瞬間、クリエイティブの可能性は無限だと感じました。

デザインもグラフィックだけじゃなく、空間、ファッション、立体、何でもできる気がした。それが今の活動のベース。音楽が僕の可能性を広げてくれたんです。けれど、あまりにもギターが下手だったのでミュージシャンになる夢は諦め(笑)、やはりアートディレクターになろうと思い、当時多摩美生の半分以上が目指すと言われていた博報堂の入社試験を受けました。

博報堂時代の最大の収穫

就職活動は博報堂一択。なぜならアートディレクターの大貫卓也さんがいたから。僕たちにとって憧れのスターだったので、博報堂に入れば大貫さんみたいな仕事ができる、と思っていました。けれど最初の配属先は大阪。「大貫さんのチームに入って鍛えてもらうんだ」という夢はあっけなく砕け散りました。でも大阪では別の出会いがありました。それは最初のボーナスで購入したマッキントッシュ。同僚とMacやコンピューターの可能性について夜どおし語り合い、印刷屋さんからデジタル印刷について教えてもらい、そこから「6 ICONS」(1989年)という作品が生まれました。当時の博報堂でMacを使いデータ入校でポスターをつくったのは僕が初めてでした。

展示シミュレーション

大阪時代に制作した「6 ICONS」や独立後、初仕事の「SMAP」、ニュージーランドのワイン「ワイマラマ」の作品などを展示シミュレーション。

博報堂入社4年目で、ようやく大貫さんとの仕事が実現。そこである勘違いに気がつきました。それまでは僕が考えたイメージやアイデアを商品や企業に付加して、広告はつくるものだと思っていました。しかし大貫さんは、広告は自己表現じゃないんだと。その後生まれたのがホンダのミニバン「ステップワゴン」(’96〜’04年)の広告。家族のクルマという本質を摑む作業を徹底的に行った。結果、子供とクルマで出かける楽しい世界観を表現した「こどもといっしょにどこいこう。」という広告が誕生。「答えは相手のなかにある」ということに気づけたことが博報堂時代の最大の収穫です。それまではプロジェクトによって上手くいったりいかなかったりと波があった。理由がわからず5年間ほど悩んでいましたが、それに気がついてからすべてが上手く回り始め、仕事の評価もガラリと変わりました。
 
11年間在籍した博報堂は「キリンチビレモン」(’00年)の仕事を最後に退社。チビレモンは、商品開発から広告戦略まで、イチから手がけました。当時の広告代理店ではブランドの立ち上げから関わる機会は滅多になく、通常は広告のみ。なのでチビレモンは僕にとって初めての商品ブランディングの案件でした。立ち上げから関われたことは、今まで靴の上から足を掻く感じだったのが、初めて直に足に触れたような体験。デザインの力を使ってブランディングやもっと幅広い活動をやりたいと思うようになりました。

Honda「STEP WGN(ステップワゴン)」の広告

クルマの広告で、商品の写真がここまで小さくていいのか、と度肝を抜いたHonda「STEP WGN(ステップワゴン)」の広告。「こどもといっしょにどこいこう。」と、子供とクルマで出かける楽しい世界観を表現しミニバンNo.1(1997年)の売り上げに。

55年の集大成が展覧会へと結実

2000年、独立してSAMURAIを設立しました。初仕事は国民的グループ「SMAP」のプロジェクト。TAGBOATの多田 琢さんと組み、CDジャケット、コンサートグッズのデザインから広告まで、コミュニケーション戦略全般を手がけました。赤・青・黄の3色のグラフィックだけで街そのものをメディアにした企画は、僕が待ち望んでいたような仕事。しかも初打席で満塁ホームランを放ったような結果でした。SMAPの仕事は彼らの解散まで、17年間担当させていただきました。

他にもこれまで、初めて教育というカテゴリーで建築家とタッグを組んだ「ふじようちえん」(’05年)、地方再生を担った「今治タオル」(’07年)のブランディングなど、数多くのプロジェクトを手がけました。また著書を出版したり、慶應義塾大学SFCの特別招聘教授も務めたり、建築スタッフが加わって空間デザインが本格化したりと、仕事の幅が広がっていきました。

そして’16年。この年は僕にとって節目の年でした。文化庁文化交流使に任命され、翌年ニューヨーク、ロンドン、パリの3都市を回り、日本の文化を世界に発信していきました。また、「ARITA400project」のゲストアーティストにも選ばれ、実際に有田焼の作品をつくったところ、封印していた作家魂にバチッとスイッチが入った。それまでアーティスト性は敢えて封印していたので、本当に久しぶりの感覚でした。閉じていたチャンネルが開き、それが今回の「佐藤可士和展」につながっていった感じです。

三宅一生さん、安藤忠雄さんに続く、国立新美術館での個展

国立新美術館から個展の依頼をいただいたのも’16年。同年にファッションデザイナーの三宅一生さん、’17年に建築家の安藤忠雄さん、’20年に佐藤可士和の流れでやりたいと言っていただき、いつかはと憧れていた場所だけにとても嬉しかったです。国立の美術館で展示ができるということは、歴史に記録が残るということ。30年間デザインの仕事を続け、ブランディングやデザインの価値を、公に認められた証のひとつだと思いました。でも2000㎡の展示室を見た瞬間は、正直戸惑いもありました。絵画のように展示ができないのが僕の作品。

例えば、僕の仕事の代表ともいえるロゴ。ロゴそのものはデータなので、それにどう形を与え、見せればいいのか? 今治タオルの5㎜のタグもあれば、ユニクロの屋外サインのように外して持ってこられない大型のものもある。そこで東京近郊に倉庫を借り、展示室と同じ高さの壁をつくり、シミュレーションをしながらほとんどの作品をイチからつくることにしました。今までの作品をもとに、それぞれにふさわしい素材や形、展示方法で見せ方を考え、新たなクリエイションも追加。

来館者が世代を問わず楽しめる展示に仕上げようと、決してプロジェクトの紹介だけに止まらず、ひとりのクリエイターとして何を考え、つくっているのかが伝わる展示を目指しました。各部屋にテーマはありますが、広大な展示室そのものが、佐藤可士和というクリエイターの思考と軌跡がわかる、ひとつの作品です。ぜひ、会場に訪れてそれを体感してほしいと思います。

佐藤可士和展

東京近郊に借りた300坪の倉庫に展示室と同じ高さの壁を作り、床も極力近い素材に。2年半かけて原寸シミュレーションを行った。

インタビュー前編はこちら

佐藤可士和展
会期:2月3日(水)~5月10日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
TEL:03-5777-8600
開館時間:10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜、2/24(2/23、5/4は開館)
入館料:¥1,700
詳細はこちら
※日時指定入場制。ウェブにて事前に要予約

TEXT=今井 恵

PHOTOGRAPH=高島 慶(Nacása & Partners)

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