TRAVEL

2026.08.23

“何もしない”を許された週末トリップ。森と温泉にどっぷり浸かる「箱根リトリート」滞在で得たもの

箱根連峰・仙石原の深い緑に抱かれるように佇む「箱根リトリート före(フォーレ)& villa 1/f(ヴィラ ワンバイエフ)」。15,000坪の敷地に、北欧モダンな37室のホテル「före」と、18棟が点在する独立コテージ「villa 1/f」の2エリアで構成されるこの宿へ、情報過多な現代で疲れた心身を癒すべく、“何もしない”を目的とした週末トリップに出かけた。

箱根リトリートföre& villa 1/f

「リトリート」の本質を理解できる稀有な場所

宿名に冠されている「リトリート」という言葉は、日本語ではしばしば「隠れ家」や「静養」と訳される。しかし、その語源である英語の「retreat」には、「退く」「引き下がる」というニュアンスが含まれる。日常や喧騒から一歩退き、自分自身と向き合う時間を持つこと――それこそが本来の「リトリート」の意味するところだろう。

多くのラグジュアリーホテルが“非日常”を謳う一方で、実際には移動やアクティビティに追われ、かえって忙しない滞在になってしまうことも少なくない。その点、箱根リトリートは徹底して「何もしない」ことを肯定する空間として設計されている。客室にテレビを置かないという選択ひとつをとっても、その哲学は明確だ。木々のせせらぎ、鳥のさえずり、ひぐらしの鳴く声。そうした自然の音だけが響く空間に身を置いてはじめて、私たちは「リトリート」という言葉の本質を、身体で理解できる。

箱根リトリートföre& villa 1/f
「箱根リトリート」のチェックイン棟。

独立コテージ「villa 1/f」で過ごす贅沢な滞在

今回宿泊したのは、山肌に点在する完全独立型のコテージ「villa 1/f」。一棟一棟がまったく異なる趣を持ち、ガラス張りの天井から星空を望む部屋、グランドピアノを備えた部屋、木の上に建つツリーハウスまであるというから驚く。

何よりありがたかったのは、その独立性と広さだ。エントランスからリビング、ベッドスペース、浴室までがひとつの建物にゆったりと収まり、子供が室内を走り回っても気兼ねすることがない。隣室や廊下を気にする必要がないというのは、家族連れにとっては大きな価値だろう。

さらに嬉しいのが、各棟に設えられた露天風呂または半露天の温泉だ。わざわざ大浴場へ足を運ばずとも、思い立った瞬間に湯に浸かれる。子供の就寝前のひと風呂も、大人だけの静かな夜風呂も、すべて自分たちのペースで楽しめる。冷蔵庫のドリンクがすべてフリーであることも、地味ながら滞在の満足度を大きく押し上げてくれた。子連れ旅では、ちょっとした「気にしなくていい」の積み重ねこそが、心のゆとりに直結する。

どこにいても緑が飛び込んでくる憩いの空間

チェックインを終えたあとは、館内のフリースペース「free bird & terrace」へ。ブックディレクター・幅允孝氏率いるBACHがディレクションしたというブックライブラリーが設えられ、多様にラインナップされたボードゲームも自由に楽しめる。ボードゲームは、初めて出会うものも多数あり、童心に返った大人と、挑戦心が刺激された子供が一緒になって勝った、負けた、もう一回!と意外なほど集中して遊んでしまった。大きな窓の外には緑が広がり、思考を遮る雑音がないことも起因しているかもしれない。

箱根リトリートföre& villa 1/f
「free bird & terrace」ではウェルカムドリンクやかき氷が滞在者に無料で提供されていた。

「cafe & lounge」では、挽きたての豆で淹れてくれる珈琲などのカフェドリンクを滞在中いつでも無料で味わうことができる。ふと目線をやると、同ホテルのペストリーシェフが手がけるオリジナルスイーツが並んでいる。ケーキをひとつ購入していただいてみると、上品な甘さのなかに味わいや食感が多層的に盛り込まれており、1つ1つ丁寧に計算し作られたケーキであることがわかる。そのほか、クッキーなどの焼き菓子やピザも販売されていたので次回はぜひ試してみたい。

大浴場「ONSEN f」にも足を運んだ。敷地の奥深くにひっそりと佇む大浴場は、手つかずの緑にぐるりと囲まれている。露天風呂に身を沈めると、湯気の向こうに深い緑が揺れ、どこからともなく小鳥の囀りが浴室いっぱいに響いてくる。まるで森そのものに浸かっているかのような感覚を覚えた。

「箱根リトリート」を散策していると、館内のどこに身を置いても、視線の先には必ず木々の揺らぎがある。この“常に自然が視界に入る”という設計こそが、ここの真骨頂だろう。

箱根リトリートföre& villa 1/f
「ONSEN f」へ続く道。

歴史を纏う「俵石閣」でいただく会席料理

villa滞在者の夕食は、敷地内にある「料亭 俵石」で提供される。この料亭は、大正3年、東京の千歳座(後の明治座)などを手がけた建築家・島田藤吉が創業した温泉旅館「俵石閣」を改装したもの。歌人の与謝野晶子・寛夫妻や画家の石井柏亭ら、多くの文化人に愛された名門旅館としての歴史を持ち、今上天皇陛下が皇太子時代に宿泊した宿としても知られている。

数寄屋造りの空間には、杉板を編んだ網代天井や、職人が手彫りした透かし彫りの建具が随所に残り、まるで大正時代へタイムスリップしたかのような趣だ。

食事を手がけるのは、京都の旅館・ホテルで修業を積み、京会席の技術の基盤を築いたという濱中明利料理長。この日のお品書きは、鰹節の上品な香りが食欲を掻き立てるぼたん鱧の煮物椀、金目鯛・鮪などのお造り、万願寺唐辛子・桜海老の射込み、黒毛和牛フィレ肉など。旬の食材の味わいをシンプルに、しかし丁寧に引き出す一品一品が、歴史ある座敷によく合っていた。日が落ち、庭が徐々に宵に包まれていくなか、外からはひぐらしの声が聞こえてくる。その音色をBGMに盃を傾ける時間には、優雅という言葉がふさわしい。

朝はテラスで読書、子供は自然の中で勉強

翌朝は、villaのテラスで淹れたてのコーヒーを片手に読書する時間からスタート。傍らでは子供が持参した夏休みの宿題を広げる。いつもなら気が散ってなかなか進まない勉強も、この日は驚くほど集中して取り組んでいた。終わったあとは、自身のカメラを携えて、空や虫、植物を気が向くままに撮影している姿をみると、何もしないこと=何も予定がないことは、かえって子供の感性を刺激するのだと感じる。

朝食もまた、料亭 俵石でいただく。前夜の懐石とは趣を変えた和の膳には、近隣の素材を使った小鉢がいくつも並び、目にも鮮やかだ。障子越しの朝の光のなかでいただく和朝食は、身体の隅々まで染み渡るような滋味深さがあった。

箱根リトリートföre& villa 1/f
自然のなかでゆったり休めた身体に、優しく染みこんでいくような和朝食。

箱根リトリートは15,000坪という広大な敷地に18棟のヴィラと料亭、温泉、カフェが点在しているため、ヴィラから料亭 俵石や大浴場までは、それなりの距離を歩くことになる。とはいえ、フロントに一本連絡を入れれば、スタッフがすぐにクルマで迎えに来てくれるので、その不便さは感じない。

一方で、あえて歩くという選択も悪くない。木漏れ日の下、風の匂いを感じながら敷地を歩く時間そのものが、都会での移動とはまるで違う質感を持っている。効率よく「点」から「点」へ移動するのではなく、その道のりまでもが滞在の一部として設計されている――そう感じさせてくれるのも、この宿がリゾートとして成熟している証だろう。

箱根リトリートföre& villa 1/f
どの施設に向かう道も緑が豊富。森林浴をしている気分になる。

2日間の滞在でスケジュールらしいスケジュールをほとんど組まなかったが、それでも時間を持て余すことは一度もなかった。むしろ、何もしないでいることの贅沢さを、これほど強く実感したことはなかったかもしれない。箱根リトリート före & villa 1/fは、その名の通り、私たちを日常から静かに、しかし確かに退かせてくれる場所だった。

箱根リトリート före & villa 1/f
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1286−116

TEXT=岡村彩加(ゲーテ編集部)

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