ゲーテ読者に薦めたいとっておきの1冊をピックアップ! 今回は、ナシム・エル・カブリの『哲学者たちの〈ほんとう〉の仕事』をご紹介。

ナシム・エル・カブリ 著/野村真依子 訳 晶文社 ¥2,200
もうひとつの仕事からわかる「知の源泉」
芸人は「笑いを生む」だけでは食べていけない。名が売れるまでは、コンビニ店員、ウーバー配達員、ラブホテル清掃員など、別の労働に魂を売って食いつないでいく。哲学者も「思考に耽る」だけでは食べていけない。哲学は「職業」ではないし、人は知恵と愛だけでは生きていけないからだ。ならば、彼らはどんな仕事をして生計を立てていたのか? この「問い」はユニークかつ、知の巨人たちのアイデンティティを探る発見の書にもなっている。
紹介される40名の巨人の職は多岐にわたる。郵便局員、工場労働者など、おおよそ哲学とは無縁の職種で、自転車レーサー、強盗なんて人もいる。重要なのは、本来、社会の枠組みや物質的な制約から離れた場所で熟考・探究したいはずの彼らが「社会の歯車」として生きていたこと。そして、もうひとつの仕事が巨人を巨人たらしめる知の源泉になっているという点にある。
「神は死んだ」と言ったニーチェの言葉の裏に、文献学者として先人の書を読み漁った営みがあったこと。「主観が大切」と説いたデカルトに、脳をはじめ動物を腑分けしてきた解剖学者としての知見があったこと。私はこの書から、巨人たちの発露の泉をたくさん発見した。
桝本壮志/Soushi Masumoto
1975年広島県生まれ。放送作家として数々の人気番組を担当。NSCの講師も務め、令和ロマンなど教え子をM-1に輩出。著書に『時間と自信を奪う人とは距離を置く』がある。

