北海道・富良野の農業一家に生まれ、24歳で東京の写真学校へ。圧倒的スピードで広告業界を駆け上がり、60年以上第一線で活躍する超人写真家・操上和美。写真界の巨星の原点と進化を描く渾身の評伝『今という永遠 写真家・操上和美の90年』(著・石川拓治)から一部抜粋して紹介する。【その他の記事はこちら】

撮影後にあったキースからの連絡
ニューヨークのスタジオ撮影はシンプルな白ホリゾントだった。
キース・リチャーズがギターを1本抱えてスタジオにやってきた。スタイリストもヘアメイクも連れていなかった。操上が6×6のハッセルブラッドを構える。キースがその日着て来た自前の服のままで撮影が始まった。
新井敏記(「SWITCH」編集長)は言う。
「撮影の場では、操上さんの運動神経のすごさが際立っていました。こういう写真を撮るっていうイメージが操上さんにはあるわけじゃなくて、現場で見つけていくんです。現場力とでもいえばいいか。操上さんは相手との間合いというか、その一瞬の間を見つける力が強い。
あの日から、その後もずっと、僕は操上さんの現場力に魅了されてきました。撮影時間は1時間と少し。操上さんはほとんど言葉をかけなかった。言葉ではなく、音にキースが反応する。シャッターとフィルムを巻き上げる音です。操上さんのフィルムの巻き上げ方って、格好いいんです。6×6のフィルムは、今は8枚くらい、当時は16枚撮りだった。その1本がすぐになくなる。撮るのが早い。操上さんのフィルムを巻き上げるリズムが、キースとシンクロする。
ギターを構えるキースの動きと、シャカッ、シャカッ、シャカッとフィルムを巻き上げる音のリズムがシンクロしていく、めちゃくちゃ格好いい。フィルムを巻き上げ、シャッターを切る操上さんのまるでドラムのような音にキースも心地よく酔っていく。それも格好いい。まさにセッションだった。僕にとっては、宝物のような時間でした」
少年時代の操上も、そんな風に馬に乗っていた。乗馬もセッションだ。馬に乗ることは、走る馬のリズムに身体を合わせることだ。疾駆する馬の筋肉の躍動を感じながら、自分の身体のリズムを馬のリズムに合わせる。同時に自分のリズムを跨った脚や尻で馬に伝える。人馬一体になる。人馬をつなぐのはリズムだ。操上とキースも、そのリズムでつながっていた。
16枚撮りの6×6フィルムを30本近く撮って、撮影は終わった。日本に帰国して現像した。写真のセレクトはキャメルのオフィス。新井も立ち会った。操上の習慣にはないことだった。
「操上さんが選んだ写真だけ渡すという話は聞いてました。だけど僕はベタ焼きの段階で選ぶか選ばないか、そのショットも見たいと願った。フォトストーリーを作るのに、操上さんの思う方向だけで写真を組むのではなくて、編集の視点も絶対入れた方がより強くなる。
だから写真選びには参加したいと思った。操上さんの選ばなかった他の写真も見たいとお願いしました。僕がキャメルに行って、操上さんと一緒にベタから仮焼きした写真を並べながら、こっちの方がいいですよね、いやこっちだとか言いながら、写真の組み方を決めていきました。このフォトストーリーはアメリカとイギリスの雑誌も買ってくれました。
操上さんの撮ったキースの『SWITCH』のアサインメント写真が世界で使われた。それだけじゃなくて、キースから連絡があったんです。操上さんが撮った写真を家族と友人に贈りたいから、オリジナルプリントを5セット送ってほしいと。ほんとに嬉しかった」

