美しいデザイン、ぬくもりのある佇まい。お気に入りの器で食卓を彩ることは日常に刺激を与え、新たな考え方やアイデアを生みだすきっかけにもなるかもしれない。今回は、味の素 取締役代表執行役社長の藤江太郎氏が日々愛(め)で、使い続けるこだわりのコレクションを紹介。【特集 おいしい器】
「どんな器を使うかで、食事はもっと豊かな時間になる」
調味料を筆頭に食品やヘルスケア商品などをグローバルに展開し、世界で3万4000人以上もの従業員を抱える味の素。2022年にそのトップに就任した藤江太郎氏が、多忙な日々のリフレッシュ法のひとつとしてあげるのが料理だ。
「就任直後から月に1回、なじみの鮨店『銀座 藤田』で開かれる少人数制で人気の料理教室に通っています。アジを三枚に下ろして南蛮漬けにしたり、塩辛をつくったりと酒の肴が多いですね。それをつまみにみんなで一杯やるのがまた楽しくて。妻には、『飲みに行っているようなものね』と言われます(笑)」
料理とともに大将から教わったのが、器使いの奥深さ。
「同じ料理でも、器が変われば盛りつけ方が変わり、料理そのものの見え方も変わります。習った料理はたいてい自宅で復習するのですが、ちょっと失敗して見栄えが悪くなったものでも、器がいいと、不思議とおいしく見えますからね。これまでも器は好きで自分でも購入していましたが、大将のおかげで器の奥深さを改めて認識しました」
そう語る藤江氏が今回持参してくれたのは、従兄でもある陶芸家、原洋一氏の作品。凛とした白磁が美しく、シンプルながらどこか温かみのある器だ。
「仙人みたいな従兄で商売っ気がなく、とても幸せな人なんです。子供の頃から仲良くしているから、半分義理で買っているんですけどね」と笑いながらも、「このワインカップは、飲み口が薄くて鋭角になっているのでワインが舌の奥にすっと入ってくるんですよ。小鉢は塩辛を入れるといい感じだし、この大皿はお刺身が映えるんです」と、楽しげに説明してくれる。
料理と器、食べること。食は、藤江氏の人生を豊かに彩るものなのだ。と同時に、人生を賭して取り組む仕事にもなっている。
「味の素に入社したのは、面接官の人柄に惹かれてのことでしたが、今思えば食に縁があったのでしょう。小学生の頃はフレンチのシェフに憧れて、家族や友人に料理を振る舞っていたんですよ。みんなが喜んでくれると嬉しくなって、またつくって。お小遣いで包丁や鍋を買ったこともありました。私はずっと、『人のためになることをすると自分も幸せになれる』という想いを抱いて仕事をしていますが、原体験になったのは、あの頃の料理かもしれません」
食べる楽しさや喜びで人を幸せにする。同社が掲げる志は、藤江氏自身の志でもある。
藤江太郎氏こだわりの器コレクション
器はすべて、島根県松江市に工房を構える陶芸家、原洋一氏の作品。透き通った白と繊細な曲線が美しい磁器のほか、温かみのある陶器なども制作している。
「私より年上ですが、子供の頃から気が合って、今も会えば飲み明かす仲。うんちくをいろいろ聞かされているうちに、私も器に興味を持つようになったんです」。
この記事はGOETHE 2024年3月号「特集:おいしい器」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら