筋肉美をもつ女神シリーズ57人目は、カン・ソンイ。
ビジネスパーソンからフィットネス女子に
今回紹介するカン・ソンイはもともと、一般的なビジネスパーソンだった。
毎朝会社に出勤し、終業時間まで働いたあと、友人たちと映画を観に行ったり、外食に出掛けたり……。食べるのが大好きで、仕事中に間食したり、夜遅くに自宅に帰ってからも就寝直前に食べたりしていた。
しかも、不規則な食生活に加え、口にするものも偏食気味。お米よりもパンや餅類が大好きで、若い頃は何も気にせずよく食べていたそう。
「ロクに運動もせずにバクバク食べていたので、当然、太りますよね。お腹がぽっこりと出た肥満体形になっていましたが、そんな自分にあまり危機感を感じていませんでした」
そんな彼女が「このままではヤバい」という危機意識を持つキッカケとなったのは、突如襲われた腰痛。起床時や屈む際に痛みが走り、長時間座っていることもできなくなった。階段の上り下りがしんどいのは運動不足のせいだと思ったが、この腰痛を治さないといつか日常生活にも支障が出ることは明らかだった。
「それで一念発起して体を動かし鍛えることを始めたんです。腰痛予防にいいと言われることは何でもやりましたね」
肉体美を生みだしたトレーニングメニューとは
最初に始めたのはマシン・ピラティス。専用のマシンを使ったエクササイズで、体の使い方を学び、全身の筋肉を強化した。このマシン・ピラティスと並行して、腹筋をはじめとするコア(体幹)を鍛え、全身を引き締めるポールダンス・エクササイズでも汗も流した。
「マシン・ピラティスとポールダンス・エクササイズを並行しながら、筋肉をもっと鍛えなければと、ジムに通ってウェイトトレーニングも始めるようになりました。正直、自分がこんなにも運動することにハマってしまうとは思いませんでした。やっぱりトレーニングの結果がモチベーションになったと思います。運動を始めて6ヵ月で10kgも体重が減ったんですよ。次第に腰痛もなくなり、体も引き締まって周囲の方々から“変わったね”と言われることが嬉しくて(笑)」
カン・ソンイのビフォー&アフターの違いは明らかだった。背中や肩は適度に筋肉質になり、脂肪で突き出ていたお腹に至っては腹筋がしっかり確認できるほど引き締まった。その変化をもたらしたトレーニングメニューについてこう語る。
「私が主に行なったトレーニングメニューをいくつか紹介すると、両手でケトルベルをもって振り回すケトルベルスイング、ヒップアップに効果があるダンベルワイド・スクワット、ダンベルスティッフレッグドデッドリフトなどです。ケトルベルスイングは腰痛の改善にも役立ちましたし、スクワットやデッドリフトは下半身の強化にもなりました。こうしたメニュ―を日課にしつつ、食生活も改めました。それが6ヵ月で10kg減量というダイエット効果に繋がりましたね」
美ボディメイクにハマった末の夢
マシン・ピラティスにポールダンス、さらには筋トレで鍛えることで、ドラマチックに変化したボディ。いつしかカン・ソンイはその成果を多くの人々に見てもらいたいと思うようになり、ボディビル・コンテストやフィットネス大会への出場を目指すようになった。
そうして出場したのが、2024年6月に韓国・全州(チョンジュ)で行われた「NPCA(National Physique Committee of America)アジアチャンビオンシップ」だった。
「トレーニングの成果もさることながら、40歳になった節目として新しいことにチャレンジしてみたかったんです。決して簡単ではない挑戦でしたが、それでも忍苦の時間を乗り越えてステージに立った自分が本当に誇らしいと感じました」
そのときの達成感と快感をふたたび実感したくて、現在は「マッスル・マニア」への出場を夢見るカン・ソンイ。
「マッスル・マニア」とは、ボディビル&フィットネスで鍛えた肉体美を競う大会として1991年からアメリカで始まり、イギリス、ブラジルはもちろん、かつては日本でも地区大会が行われたイベント。最近は韓国でも頻繁に行われており、この大会で優勝や入賞した“マッスル美女”たちが、モデルやフィットネス・タレントとして有名になるケースも多い。
その「マッスル・マニア」出場のためにもそれまで勤めていた会社をやめて、トレーニングの時間を確保できる新たな職場に転職もしたという。
「時間的な余裕があるわけではありませんが、それでも地道にトレーニングを積んで『マッスル・マニア』のステージに立ち、いつかフィットネス雑誌『MAX Q』の表紙やグラビアを飾りたいという夢があります。目標があるから頑張れます!!」
きっかけは腰痛克服だったのに、今ではフィットネス界最高の晴れ舞台に立つことが目標に。美ボディ・メイクは、アラフォー女子に新たな夢を与えてくれたようだ。