連載「I Don’t WEAR Jewelry. I WEAR Art」。第28回は、究極なるシンプル・エレガントを魅せるエルメス。
機能から生まれた造形美、その先にある新たな提案
飾り立てるジュエリーではなく、造形としてのジュエリーを……。エルメスは、あからさまに華美であることを求めない。1938年に4代目社長ロベール・デュマによって、船を係留する錨に着想を得て生まれた「シェーヌ・ダンクル」は、まさしくその象徴といえるだろう。
エルメスとして初めて発表された金属によるジュエリーは、メゾンのアイデンティティのひとつとして存在してきた。そして、そのモチーフは今も進化を続けている。2023年に発表された「シェーヌ・ダンクル・ダナエ」は、古代ギリシャ神話に登場する王女に由来する名を冠したもので、シェーヌ・ダンクルの造形をベースにチェーン細工のノウハウを反映し、編みこまれたモチーフを形成することによって表現されている。動と静、大胆で繊細な美しさが融合した新しい提案のジュエリーだ。
削ぎ落とした造形だからこそ、多様なアプローチが可能に
異素材を2連にしたブレスレットは、「シェーヌ・ダンクル」のシンプルにして完成された造形を堪能できる。ゴールドを用いることでもちろんラグジュアリーではあるが、エルメスの匠の技により、あくまでもシンプルに表現。一方がピンクゴールドという素材違いなのも面白い。経年により燻されたような色味のシルバーとの対比は、「シェーヌ・ダンクル」における新たな楽しみが見られる。
また、指で輝くのは、ピラミッド型のクルー(鋲)をモチーフにした「エルメス・クルー・ドゥ・H」。1930年代のハンティング犬の首輪に由来するクルーの造形もシンプルにして実にエレガント。「シェーヌ・ダンクル」もピラミッドのクルーも、ともにエルメスのジュエリーにおけるシグネチャだ。多くを語りすぎないその造形にこそ、ジュエリーの本質は宿る。
■連載「I Don’t WEAR Jewelry. I WEAR Art」とは……
時にファッションとして、時にシンボルとして、またはアートに……。ジュエリーを身につける理由は、実にさまざまだ。だが、そのどれもがアイデンティティの表明であり、身につけた日々は、つまり人生の足跡。そんな価値あるジュエリーを紹介する。