デジタル化の加速により、ファッションは細分化し、トレンドが生まれにくい状況を生んだ。だからこそ、つくり手たちは、個性という原点に立ち返り、パリではパーソナルな思いや挿話がコレクションのモチーフとなった。そのパーソナルへ向き合う姿勢がファッションの新たな魅力を生んだ。
世界観につくり手のパーソナルが色濃く反映
ラストコレクションを発表したドリス ヴァン ノッテン。ある意味で私的なコミュニティを最大化させたリック・オウエンス。影響を受けたアーティストの作品から着想し、ファッションショーの空間に取り入れたロエベ。生い立ちのなかでクリエイションと親密な関係のある土地の芸術家の生き方を形にしたディオール。そして、多様性をモデルと洋服に反映させ、世界平和を謳ったルイ・ヴィトン……。
トレンドはファッション産業全体の流れを生み、その流れを波に変える力があることは間違いない。ただ、それは時に一過性のものにすぎず、表層的になりがちな面もある。だからこそ、このようなつくり手の個々の想いや物語はファッションの意義を確立させ、洋服に差異を生みだす。つくり手、そして着る人の個性が光る時代なのだ。
1.ディオール|自身も経験した土地の芸術を、メゾンの歴史や文化と融合させる
キーアーティストを迎えながらメゾンの歴史と個人的な物語をひとつのラグジュアリーに落としこみ、洗練させ続けるキム・ジョーンズ。南アフリカの陶芸家、ヒルトン・ネルの作品が着想となっており、ネルの陶芸作品を巨大化させたオブジェをショー空間に配置。愛らしい表情の猫のモチーフなどユーモラスな表現をディオールのアトリエの手仕事、職人たちの技術と重ね合わせた。
イヴ・サン=ローランのアーカイブスケッチを下地にしたコートやビーズ刺繍、かぎ針編みなど高度で緊張感のある技術もエレガント。アフリカでの生活を経験しているキムだからこそ共鳴できるネルの世界観が、ディオールの新たな一面を描いた。
2.ロエベ|自らの思想と嗜好を発揮させ、人間の感覚を究極に研ぎ澄ませる
過剰のなかに潜む節度に着目したジョナサン・アンダーソンが手がけるロエベ。洋服の元の形を極限まで追求し、脆さと強さ、女性と男性といった相反する要素の境界を断ち切るなど、対称性を巧みに操る持ち前のデザイン思想を発揮。そして今季はそれが完全に熟したような完成度を誇っていた。最高のデザイン性のなか、決して過激ではなく、思わず自分が着ている姿を想像してしまうようなスタイリング。
ショー会場にはアンダーソンにとって個人的な影響を受けた20世紀のアート、デザインの分野から20世紀の最も独創的な4人のアーティストの作品が無造作に設置されており、コレクションの世界観が空間でも表現されていた。
3.ルイ・ヴィトン|ファレル流の平和への思い。多様性を祝福するコレクション
地球に共生する人類を祝福するコレクションを発表したファレル・ウィリアムス。ショー会場はエッフェル塔のほど近くにあるユネスコ本部。空間の中央には巨大な地球儀が設置され、各国の旗が風に揺れる。
ファーストルックから中盤にかけて洋服の色味と素材感、そしてそれを纏うモデルたちの肌色がグラデーションとなってコレクションを彩り、フィナーレに向かう終盤にかけては、あらゆるカラーパレットが混ざり合い、地球をカモフラージュで描く「マップ・オ・フラージュ」など1着の洋服に彩りを与える。BGMでは世界中の言語がひとつに音となった。
ルイ・ヴィトンのランウェイからは、世界平和が祈られたファレルらしい強い思いが伝わってきた。
4.エルメス|エルメス流のマリンスタイル。瞬間的な出来事を永遠の存在に
夏のゆったりとした時間の流れのなかでの悠久なる生き方をコレクションで表現。メゾンが着目したのは海辺のスタイル。ビーチでの夕べ、視界が徐々にフェードアウトされるように、日の光が夕暮れへと溶けこむ。この一瞬一瞬を永遠に変換させ、タイムレスなデザインへと昇華することもエルメスの流儀。
メゾンとなじみ深いモチーフのデッサンやグラフィックは鮮やかなテキスタイルとショー会場にある大型スクリーンの水景によって、透明感と上質な素材感が自然に反映され、シンプルなモチーフが躍動する。些細でありながら精密なひと手間こそ、エルメスのイズムともいえる。水辺のライフスタイルをメゾンの文化として昇華するこの没入感に魅了される。
5.ドリス・ヴァン・ノッテン|最後だとしても変わらない。なぜなら、愛は永遠だから
2024年3 月に引退を表明したドリス・ヴァン・ノッテン。そのラストショー。自身にとって150回目のコレクションの発表の舞台はパリ郊外、ラ・クルヌーヴの中心にある工場跡地で行われた。ここは伝説を残した50回目のショーの会場でもある。
キャリア38年にも及ぶデザイナーの門出を祝すかのようにカクテルから始まり、夜10時前になるとあたりが静寂に包まれ、招待客の目の前には永遠に続いているかのような銀箔を敷き詰めた直線のランウェイが広がる。
ファーストルックは1991年のメンズのファーストショーでオープニングを飾ったモデルが登場し、男女関係なくドリスに所縁のあるモデルたちが最後のコレクションを身に纏う。英国式のテーラードとワークウエアの融合はもちろん、光の当たり方で金銀と自在な色調の変化から、墨流しの技法によって描かれた繊細な花々までといった素材の実験まで、ラストを感じさせないこれまでどおりのコレクション。ベスト盤はなく新譜を揃えた。
その静かで愛情深い服に観客は呼応し、自然発生的なスタンディングオーベーションが彼を祝福した。
6.リック・オウエンス|過激でスペクタクルなショーの陰にある寛容な精神と自身の原点
昨季はパリの私邸をショー会場としたが、再び パレ・ド・トーキョーに舞い戻ったリック・オウエンス。そのショーはキャリア史上最もスペクタクルな内容といっても大袈裟ではない。
10ルック200名で構成されたランウェイはダークサイドが抑えられ、クリーム色がベース。軽やかなシフォンのケープ、バイカージャケット、箔コーティングを施したデニム、シルキーなコートや修行僧のようなガウン。人種、性別、宗教、文化、容姿などを超越した、すべての人間に適した装いをマキシマムに表現。タイトルは「HOLLYWOOD」。
カリフォルニア州の田舎町ポータービルで生まれ育ったデザイナーの原点と、自身の嗜好であるギリシャの白黒映画がコレクションの軸となっている。
7.キコ・コスタディノフ|洋服の造形と素材にズレを生みながら遊びを効かす
アートと歴史に造詣の深いキコ・コスタディノフらしく、かつては知識人や芸術家が多く集まる文化的な地域として名を馳せたパリ6区、フェルー通りの建物でコレクションを発表。
病院や研究所からインスピレーションを受けた、留め具のついた左右非対称なウエアをはじめ、シェイプとファンクションをずらしながら描く粒状の幾何学なプリントなど、遊びを効かしたスタイリングはお手の物。
スポーツウエアのユーティリティ性にドレープやソフトな質感の素材を加え、モダンとクラシックを独自の手法で織り交ぜた。