ルールがあり、理論があるからこそ、時代の変遷に揺るがされることなく、スーツは100年以上も着られ続いている。しかし、そこには着る人、着せる人、つくる人の独自の理念がある。BLBG代表取締役CEOの田窪寿保氏に聞く、スーツとは――。【特集 テーラード2023】
原理原則を知ったうえで、ルールチェンジする
「昨今、クラシック回帰やスーツの復権などいろいろと言われていますが、とはいえ結局のところ何が源流なのかまで、正しくたどり着いていない気がします。それは、もちろんイギリス。現代においてはブリティッシュクラシックだけがスーツではなく、モードなスーツだって確立された存在であり、その概念が変化していることを否定するつもりはありません。
しかし、変化が急激すぎるので、本当の基本を忘れてしまっているように思えます。例えば、スーツがもともとは軍隊のユニフォームであったことなども、なおざりにされている気がします。よく雑誌などで紹介されているスーツにおける基本も、現代における基本であったりしますから。
とはいえ、決して原理原則に従うべき、と言いたいわけではありません。例えばチャールズ国王がロイヤルウエディングに出席する時に、ターンブル&アッサーの吊るしのスーツを着てくるんです。そうした“遊び”も楽しさだと思います。ただし、ビスポークを極めたチャールズ国王だからこそ様になることを忘れてはいけないのです。
1980〜’90年代にかけて、原則一辺倒なイギリスのスーツに対する評価が著しく下がったことがありました。その後、EUに加盟した頃からカルチャーミックスが起き、昨今にかけて柔軟に新たな提案を行うテーラーが出現してきました。スーツの聖地・サヴィル・ロウには、今も才能ある若手がたくさん活躍しています。
実はイギリスには、既存の伝統を敢えて否定する考え方が、かねてよりあるんです。イギリスは常に原則的で、伝統を重んじ、不変性を好むというのは、日本人が勝手に思い込んでいるだけ。ジェントルマンがいる一方で、パンクを生みだしていたり。映画『オースティン・パワーズ』で描かれた’60年代のスウィンギング ロンドンも然りです。
このようにイギリスはルールメイカーでありルールチェンジャーでもあるんです。つまり、伝統と同時に革新も存在しています。その両輪が揃ってこそ、イギリスなのです。ただし、そのチェンジのやり方が実にイギリスらしい。伝統や歴史をある意味で皮肉った、逆に言えば伝統や歴史をしっかりと理解したうえでの“チェンジ”なんです。
スーツには、100万円のビスポークもあれば5万円の吊るしもある。着る人が何を求めるかによりますが、現実的に日常で着るスーツを求めるなら、僕はパターンオーダーで十分と考えています。ただ、現代のイギリス紳士も、吊るしのスーツを堂々と着ています。スーツにおいて何が大切なのか、また着る人をどう美しく見せるかを知り尽くしているテーラーのつくるスーツであれば、吊るしでもいいスーツにたどり着くはずです。
ことスーツになると、どうもテクニカルなことにこだわり、形骸化したスタイルに凝り固まった方をよく見かけます。もう少し肩の力を抜いてもいいのではないでしょうか。トレンドもさほど気にする必要はないと思います。本質を押さえたスーツを直しながら着ればいいんです。イギリスのスーツは、まさにそんな存在だと思っています。
大切なのは、あくまでも着る人のスタイル。それが表現できているのなら、いつの時代も変わらず、それでいていつの時代も様になるはずです。さまざまなスタイルが世に溢れている今こそ、そんなイギリスのスーツの魅力を再認識できると思います。『なるほど、結局、これでよかったんだ』と」
この記事はGOETHE2023年11月号「総力特集:型にはまらない紳士服」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら