2021年10月8日に世界公開日が予定される、スパイ映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が待ち遠しい。初代ボンドを演じたショーン・コネリーと、現代のダニエル・クレイグはハマり役で評価が高く、その着こなしがファッション誌の題材となることも多い。そこで007研究の第一人者である田窪寿保氏に、両者演じるボンドの格好よさを紐解いてもらった。
最先端の服に身を包んだジェームズ・ボンドは最弱のヒーロー!?
タフさのなかにどこか優雅なエレガンスが漂うショーン・コネリー版に対し、ダニエル・クレイグ版はマッチョで男臭くもスタイリッシュに洗練されている。両者が演じたジェームズ・ボンドには、こんな印象を抱くだろう。それらは対照的にも映るが、田窪氏は決して相反する着こなしではないと言う。
「ショーン・コネリーの着こなしは、確かにゆったりしたオールドトラディショナルな雰囲気があります。ですが、それは今見るからで、当時は最先端の服でした。例えば1962年のシリーズ第一作『007 ドクター・ノオ』で着たスーツは、サヴィル・ロウ(スーツ発祥地のロンドンの通り)の古臭いスタイルから脱却すべく、敢えて交差するコンデュイット通りに出店した新進テーラー、アンソニー シンクレアで仕立てたものであり、まさに当時の最新モードでした。それはダニエル・クレイグが、最新作でトム フォードの最新スーツを着て登場するのと、同じ感覚なのです」
コネリーとクレイグそれぞれの主演1作目には、実に44年もの隔たりがある。ゆえに双方のジェームズ・ボンドは、着ている服や雰囲気はまったく違って見える。だがそこには、時代を超越した相通じる格好よさもあるのだ。それはボンドのスタイルに不文律があるからだと、田窪氏は指摘する。
「ボンドの服装には“公式”があり、コネリーからクレイグまで、歴代ボンド全員がそれに則(のっと)っています。その公式とは、まず時代の最先端であることです。これは服装に限らず、ボンドカーやテーマソングにも共通することであり、最新型のクルマや時代ごとのトップアーティストが起用されてきました。ただし、最先端でも派手だったり奇抜な服は絶対に着ないのが面白いところで、クラシックを基調としつつ当世風のテイストが絶妙にミックスされているのです。
そしてもうひとつが、実用的で闘いやすいということ。例えば英国のシャツブランド、ターンブル&アッサーには、コネリーが劇中で着用したことから“ボンド・カフ”と呼ばれるようになったカフがあります。これはダブルカフスのように折り返すクラシックな仕様なのですが、カフリンクスではなく通常のボタンで留められるようになっている。カフリンクスを着けていると、敵と遭遇しても邪魔になってすぐに殴り合えませんからね」
紳士服発祥の地、英国が生んだクラシックスタイルを踏襲しながらも、モードの感性と闘うための機能を兼ね備える。そんな普遍の公式こそ、ボンドスタイルに時代を超えた魅力を与えているのだ。さらに田窪氏は、他にもボンドの格好よさの秘訣があると続ける。
「僕はジェームズ・ボンドを映画史上、まれに見る弱いヒーローだと思っています。すぐ敵に捕まったり、殴られてボロボロになったり、拷問されたり、女性に騙されたりする。ハリウッドのアクション映画ではまず描かれないことですが、そんなボンドは何度失敗しても最後まで諦めません。そして敵をとことん追い詰め、手を抜かずに不屈の精神でミッションをやり遂げる。英国は歴史上、他国に侵略されたことがなく、ジョンブルスピリットと呼ばれるネバー・ギブ・アップの精神で屈服せずに歩んできましたが、肉体的な弱さを精神的なタフさで克服するボンドにも、そんなスピリットを感じるのです。
また、真剣に闘っていながらも、どこかユーモアがある点にもタフネスを感じます。これも常にユーモアを忘れない、英国紳士に通じることです。007には闘い終えたのちにシャツのカフを直すおなじみのシーンがあるのですが、殴られても心がタフでなければそんなことはできないでしょう。弱いからこそタフであろうとする。そんな強いスピリットにこそ男は憧れるのであって、それがジェームズ・ボンドの魅力であり、格好よさの源なのです」
超人的強さで悪を蹴散らす、ハリウッド映画の無敵のヒーローとは対照的である、弱さと強さを併せ持つ人間味溢れる等身大のヒーロー。ショーン・コネリーとダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドが人々を魅了するのは、その仕草の端々やちょっとした着こなしにより、ボンドに血の通った人間像を与えたからに違いない。
Toshiyasu Takubo
ボンド愛用ブランドが集結するヴァルカナイズ・ロンドンの運営元BLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)株式会社の代表を務める。007映画の大ファンであり、ボンドから学んだ処世術をビジネスパーソン向けにまとめた著書(下)も執筆。