マツダ・ロードスターが、発表以来、最大級の改良を受けたと聞いて、試乗に連れ出した。■連載「クルマの最旬学」とは
グッドデザインは古くならない
4代目となる現行のマツダ・ロードスター(ND型)のデビューは2015年だから、間もなく10年選手。通常であればとっくにモデルチェンジされているはずだし、そうでなくても新鮮味を出すために大幅なイメチェンをするはずだ。
ところが過去最大級の改良といいながら、外観はほとんど変わっていない。ランプ類の位置やディティールが調整されている程度なのだ。
イメチェンをしなかったことには理由がふたつあって、2015年に発表されたこのクルマ、日本では2022年が最も販売台数が多かったのだ。新車発表から7年後に尻上がりに売れるようになるというのは、クルマでは珍しいケース。サッカー界には「勝ってるチームはイジるな」という格言があるけれど、売れてるクルマをイジる必要もない。もうひとつ、シンプルにグッドデザインで、時を経ても古くならないという理由もある。
運転席に乗り込むと、インテリアのレイアウトにも大きな変更はないことがわかる。こちらも、もともとがすっきりとした好デザインなのだ。“盛る”のではなく、削ぎ落とした美しさだから、手を加えようがないのかもしれない。ただし、センターコンソールなど、素材の質感が向上していることは伝わってくる。
1.5ℓの直列4気筒エンジンを始動して、6速のMT(マニュアルトランスミッション)を1速に入れる。踏み応えはしっかりあるけれど重くはない、というクラッチペダルの反力が絶妙で、ミートポイントもわかりやすい。エンジンが低回転域からみっちりと目の詰まったトルクを発生することとあわせて、エンジン回転を上げずに、アイドリングでクラッチをつないで発進できる。
広島のエンジニアの姿が思い浮かぶ
走り出して真っ先に感じるのは、6速MTのシフトフィールのよさ。シフトレバーは東西南北どの方向へもスムーズに動き、たとえば1速から2速にシフトすると、最後に「スッ」と吸い込まれるように感じる。まるでギアボックスの中に優秀な執事が潜んでいるかのようだ。
オタクの発言で大変恐縮だが、クラッチペダルの反力とシフトフィールだけで、ご飯が3杯おかわりできそうだ。広島のスポーツカーを愛するエンジニアたちが、コツコツとチューニングする絵が頭に浮かぶ。
ご飯をもう1杯おかわりできるのが、ステアリングフィール。路面がどんな状況で、タイヤがどのように接しているのかという情報が、ハンドルの手応えを通じてくっきりと伝わってくるのだ。
情報がクリアに伝わるから、次にどういう操作をすればいいのかが正しく判断できる。もっとハンドルを切るべきなのか、少し戻すべきなのか、このままなにもしないのがベターなのか──。報告・連絡・相談の“ほう・れん・そう”が実にスムーズに連携するステアリングフィールだ。
スポーツカーとはいえ、最高出力は136psだから、決して速いクルマではない。実用コンパクトカーのトヨタ・ヤリスの1.5ℓエンジンだって120psあるわけで。
ところが、実際はたいしたスピードは出ていないのに、速く走っている気はする。まずエンジン音が抜けのよい乾いた音で、雑味が少ない。そしてエンジン回転が上がるにつれ、ここに甲高い音が加わるようになる。イマ風にいうと、エモいというのか、思い通りに機械を動かす喜びに加えて、楽器を演奏するかのような愉しみが味わえる。
乗り心地はスポーツカーらしく引き締まっているけれど、ゴツゴツするわけではなく、洗練されている。市街地をうろうろするような乗り方でも、高速で遠くを目指しても、楽しく移動できるだろう。
試乗を終えて、開けていた幌を閉じる。このクルマの幌は電動開閉式ではなく、人力で閉じる必要があるけれど、運転席に座ったまま開閉できるのがうれしい。ほとんど力も必要としないから、面倒だとは感じない。むしろ、ペットの世話をしているような、ほっこりとした気分になる。
当然ながらポルシェやフェラーリはすばらしいし、スーパーカーは見ても乗っても非日常へ連れて行ってくれる。でも仮にスーパーカーに手が届かなくても、クルマ好きにはマツダ・ロードスターがいてくれるのだ。
問い合わせ
マツダコールセンター TEL:0120-386-919
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。