滋賀県発の「国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025」では、国内外より69組のアーティストを招聘。隔年開催、今年で11回目の開催となるその人気の秘密とは?

人生で一度は訪れるべき滋賀県のアート展
近江八幡で2年に一度開催される「国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025」が、11月16日(日)で幕を閉じる。大きな見どころのひとつは、近江八幡市内の空き町家や歴史的建造物を修繕・清掃して、アート作品をインストールすることで、時空を超えたアートの場として再生していること。この秋を存分に楽しむために訪れる価値のあるイベントだ。
開催エリアは近江八幡市を中心に、メイン会場となる「近江八幡旧市街地エリア」、琵琶湖に浮かぶ世界でも珍しい日本唯一の有人島「沖島エリア」、聖徳太子ゆかりの地として知られる「⻑命寺エリア」と、大きく3つのエリアに分かれて作品を展開している点も大きな特徴。
今年のテーマは「流転〜FLUX」だ。総合ディレクターの中田洋子氏はこう話す。
「生物は常に死と再生を繰り返し、一瞬たりとも同じではありません。人類のみならず、この世に存在するすべての事象は、その生成変化を免れません。すべては形を変え、流転の波の中にあるのかもしれません。アートを通して、その変化のうねりを感じ、宇宙に想いを馳せる、そんなちょっと不思議で、とても豊かな時間をご用意しています」
近江八幡の旧市街の空き町屋や歴史的建築がアートの力で蘇る
メイン会場となる近江八幡旧市街地は豊臣秀次により築かれた城下町を基礎として、近世では近江商人発祥の地として発展した場所だった。
とはいえ、BIWAKOビエンナーレが始まった2001年当時は、江戸の風情を残す美しい町ではあったものの、放置された空き家が目立ち、寂しい様相だったそう。隔年開催を重ねるごとに、空き家はカフェや宿泊所などへと再活用されるようになり、今では歴史を色濃く残した活気ある町へと変貌を遂げた。
まず、訪れたのは、江戸時代から近江八幡を通る商人や旅人に宿泊施設を提供する宿屋だった「山本家」。入り口を入り和室に鎮座するのは、人が入れるほどの大きな陶器のブーツ。こちらは本原令子氏の「雨を集める器」。ひび割れずに焼き上がったのは奇跡だったそう。
昔ながらの狭い階段を登り屋根裏へ上がると、サークルサイドのインスタレーション「Re: undercurrent(2025年)」が。一見、光の投影からデジタル的な雰囲気でありながら、実は和紙を丸めて、広げたものを層にして、光を投影しているのだとか。奥から手前に向けて、和紙から和紙に光が流れていく。目には見えない人の感情や心の奥底と繋がっていくようなイメージで、自分と向き合えって欲しいという想いが込められる。
さらに奥の部屋に進むと、おどろおどろしい雰囲気が漂う江頭誠氏の「毛布製薔薇柄袷着物(2022年)」が。昭和の時代、どこの家にもあった花柄の毛布が切り取られ、着物のような姿に変容。本来、花柄は明るい気持ちにさせてくれるものでありながら、見せ方次第で怖いイメージにもなるというギャップを目の当たりに。
続いて、「西川庄六別邸」へ。入ってすぐの空間を彩る、西島雄志氏の作品「シンクロ(2025年)」に見惚れる。ニホンオオカミが神格化した「真神(まかみ)」は真実を見極める神。オオカミの遠吠えには、自分の存在を知らせる意味があるそう。実は10月13日まで群馬県中之条町で開催されていた中之条ビエンナーレでも、西島氏の作品が展示されていて、八咫烏(やたがらす)により導かれるシンクロした世界が表現され、時空を超えた3つの作品が繋げられたものだという。「オオカミを完全な形にしないことで、気配を表現したかった」とは西島氏。
そして、近江八幡のなかでも代表的な醤油醸造元、平居吉蔵のもろみ倉である「旧扇吉もろみ倉」へ。saiho+林イグネル小百合による作品「幻象の庭(2022年)」が暗がりの中で目の前に出現する。天国に咲く彼岸花を次元を超えていくイメージの花と捉え、現実世界から自分の意識を超えたところに誘ってくれるシンボルとしてその庭を作ったそう。幻想的な音楽とともに、時間の流れを忘れてしまう不思議な空間だった。
1896年創業、現在も近江牛の販売をして有名なカネ吉が所有する町家「カネ吉別邸」へ。江戸期に繁栄を極めた元材木商の家で堂々たる梁が落ち着いた風格を与える。天井高のあるその空間を彩るのは小松宏誠氏の「ライフログ_シャンデリア_リマスター(2025年)」。和紙と3Dプリンターを駆使したシャンデリアは壁や床に映る影も相まって、まるで森のような雰囲気。
奥へ進むと、明かり取り窓から差し込む光が神秘的な奥の蔵があり、赤松音呂氏のサウンドアート「チョウズマキ(2020年)」がシンボリックに佇む。ガラス瓶に入った磁石が外力によって回転し、渦巻きが現れ、水流の音が弾ける高音が混ざり、ガラス管を通って、ホーンから音が増幅する仕掛けだ。
琵琶湖を見下ろす長命寺と、琵琶湖に浮かぶ沖島もアートの舞台に!
近江八幡市から琵琶湖の沖合約1.5kmに浮かぶ、日本唯一の有人島・沖島。周囲約6.8km、面積約1.53 km2の琵琶湖最大の島の住人は約200人で、徒歩で巡っても2時間ほど。この沖島エリアの展示会場は全部で5つだ。なかでも、周逸喬 (Zhou Yiqiao)氏のバルーン作品「夢⻩梁・蘭花指 (2023年)」が桟橋の先端に鎮座する様は、日常の景色がまったく違う様相に見えるという新鮮な目で見直す気づきをくれる。クルマの乗り入れができない静寂漂う島で、ひと時、非日常を味わいたい。
今年、新たに加わった会場が聖徳太子ゆかりの西国巡礼三十三番礼所である長命寺だ。長命寺山の山腹にある寺院へは、麓から本堂まで808段の石段を登っていく必要があるが、今回はクルマで途中の8号目付近へ行くと、100段ほど登れば標高約250mの山腹に本堂や三重塔などの重要文化財を目の当たりにできる。琵琶湖を見落ろしつつ、四季折々の美しい景観が広がる。
長命寺本堂には陳見非(チェン・ジエンフェイ)氏による4つの仏塔「雷峰塔」「保俶塔」「白塔」「六話千文・象」が展示される。陳氏は写真、書道、篆刻(てんこく)、手製本などを主な表現媒体とし、中国・杭州を拠点に活動。杭州の至福を示す4つの仏塔により、仏教的な繋がりを表現した。
また、長命寺鐘楼(しょうろう)は1608年に再建され、内部の梵鐘は鎌倉時代のもの(滋賀県指定有形文化財)でありながら、印象的な展示会場のひとつに。中の階段を登ってアートを見落ろしたり、蓮の花びらに見立てた布を1枚散らしたり、鐘をついたりできる体験型作品は宇野裕美氏の「散華(2025年)」。来場者によって、日に日に花びらが撒かれ、作品に変化が見られるのも面白いところ。
そして、長命寺の麓、琵琶湖のほとりにあるカフェ「369 Terrace Cafe」のテラスも会場のひとつ。絶景を楽しむのにもってこいの琵琶湖を一望できる高台のテラスには石川雷太氏の言葉のインスタレーション「True romance 2025×太郎坊(2025年)」が。絶景を背景にして、まるで宙に浮かんでいるような作品で、その文字が心に問いかけてくるようだった。
地域再生という大きな意義ある国際芸術祭
「国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025」は滋賀県・近江八幡市を中心に、湖畔・歴史的街並み、寺院といったユニークな会場で、国内外のアーティストが参加する国際芸術祭だ。町を散策し、風景を愛で、歴史的建造物に想いを馳せる。そんなかつて眠っていた場所に新たに命を吹き込むような仕組みは、今後のアートの未来を形づくることだろう。
また、実は、「国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025」が開催されている近江八幡駅は、京都駅から約30分で辿り着ける場所に位置する。ちょっと足を伸ばせば、今まで体験したことのない異世界に遭遇できるのが嬉しいところ。11月16日(日)まで開催しているので、芸術の秋を彩る旅のプランにぜひ入れてみてほしい。












