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2024.07.02

スマホ時代にはない悦楽…100年前に吉田初三郎が描いた“日本地図”に感じるもの

スマホの地図によって、どれだけ便利になったことか。あらためて考えることになった。同時にやや不便ではあったけれど、以前は紙の地図を眺めることで、正確さとは別の何かを求めていたのかもしれない。そんなことがわかったのは、大正〜昭和にかけて活躍した鳥瞰図絵師、吉田初三郎の仕事を見る機会を得たからだ。■連載「アートというお買い物」とは

吉田初三郎
吉田初三郎 《料亭水月を中心とせる日田案内》(部分) 肉筆鳥瞰図 昭和3(1928)年 堺市博物館蔵

リアルを超えた吉田初三郎の鳥瞰図

大正から昭和にかけて鳥瞰図を多数描き、このジャンルでは第一人者である吉田初三郎(1884年 - 1955年)を知っているだろうか。府中市美術館で2024年7月7日まで、「Beautiful Japan 吉田初三郎の世界」という展覧会が開催されている。

吉田初三郎は1884年(明治17年)京都生まれ。若くして友禅図案師などに奉公。日露戦争従軍後、25歳で洋画家、鹿野木孟郎の門下に入り、画家を志すが、師の助言により鳥瞰図作成、商業美術に方向転換、日本中の名所図絵を描くことを決意し、「大正の広重」と呼ばれる(一説に自称したとも)に至る。大正から昭和初期には鉄道の発達、それによって起こった観光ブームもあり、初三郎人気は高まった。描いた鳥瞰図は1,600点以上に達するという。1955 年(昭和30年)没。(引用元:別冊太陽『大正・昭和の鳥瞰図絵師 吉田初三郎のパノラマ地図』解説に補足)

地上高い視点からまるで鳥が見たかのように地上を描く鳥瞰図。現代では航空写真やドローンによる撮影でそれほど珍しくはないけれど、この手法は航空機などない時代からあって、最も有名なのは室町時代の1501年頃に描かれたのではないかとされる雪舟の《天橋立図》だろう。

そして、近代となると、鉄道が張り巡らされ、産業の発展に寄与し、また観光の熱も高まっていった。そんな時代に活躍したのが初三郎である。

初三郎の鳥瞰図は日本の国土をまるっと収めてしまうものもあったりして、それはもう、鳥が見る目線や航空機やドローンからの視界などではなく、大気圏外に飛び出すロケットや人工衛星からの眺めである。しかも日本の国土の遥か先に、ハワイやサンフランシスコが見えたりする。これはもうリアルを超えた理屈的な(?)地図なのである。

現代では、ほとんどの人がスマホを持っていて、どこかに出かけるときはその地図を使うだろう。クルマで移動するならカーナビを活用するのがあたりまえになっている。でも、以前は携行できる地図を持って出かけたし、クルマには分厚いロードマップを積んでいたものだ。

特に僕などは編集者という職業柄、お店取材とかした際には周辺の目印(駅とか、交差点とか、大きな建物とか)を頼りにした地図を描いて、それをイラストレーターに渡して簡潔な、そして誌面で統一した地図にしてもらうのも仕事のうちだった。昔の雑誌を見てみると、正確で詳細な地図がいかに大事だったかわかる。それだけに地図には執着が強い。

先日、ある古書市で初三郎が湘南を描いた鳥瞰図が売り出されていて、なんと2万2000円の値段がついていた。印刷された地図がその値段である。初三郎人気は高い。以前から初三郎の仕事に注目していた荒俣宏氏によると、ここまでコレクターがつかなかった昭和50年代(1970年代後半〜80年代前半)頃には1枚300円から800円くらいで初三郎の鳥瞰地図が買えたそうである。

僕は初三郎の鳥瞰地図は持っていないのだけれど、彼が地図や挿画を手がけた『鐵道旅行案内』を持っていて、ときどき眺めているが、これも展覧会に出ていた。

吉田初三郎
府中市美術館「Beautiful Japan 吉田初三郎の世界」展示より

僕が持っているのはこのうちの1冊で、大正13年発行のもの。鉄道に沿った日本全国のガイドブックで、横長の判型、400ページほどの厚さで、文字ページ(スミ版のみ)と図版ページ(色刷)が基本的に交互にくる。版元は鐵道省で、配布したものもあるのか、価格のついていないものと、出版社の博文館が発売したものがあり、こちらは3円20銭と書かれている。

吉田初三郎
『鐵道旅行案内』鐵道省発行 大正13年(1924年)クロス張り 函入り
古書市で買ったときの値札がついていて、6,300円とある。消費税5%時代に入手したのかも。

一部、図版のページを見ていこう。こういう本がちょうど100年前に出版されていたことにも感動してしまう。

鳥瞰図ばかりでなく、各地名所の絵が載っていて楽しめるのもいい。

各地の名所や季節ごとの見どころも書かれている。例えば、東京の月毎の観光ポイントに関しては、1月の項目には初日の出はどこで見られるか、5月ならツツジの名所はどこか、6月なら花菖蒲の名所はどこかなど詳細に書いてある。

初三郎の資料は他にもいくつか持っているので、ここで少しお見せしておこう。

スマホを携帯することによって、いつでも正確で見やすい地図、しかも自分のいる場所までわかる機能はそれはそれで本当にありがたいのだが、正確さを超えたダイナミックさとか、見るだけでワクワクさせる悦楽のようなものが初三郎の図にはあると思えるのだ。

Beautiful Japan 吉田初三郎の世界
会場:府中市美術館
会期:〜2024年7月7日(日)
開館時間:10:00〜17:00(入場は〜16:30まで)
観覧料:一般800円

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

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