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2024.04.23

ウクライナ、イスラエル、スラム街…世界の“子どもの部屋”を通し、大人が考えるべきこと――「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」開催中

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は2013年から京都で毎年行われている、世界的な視野をもった写真を軸とする芸術祭だ。京都市内の複数の会場を使って展開される。国際的な観光地である京都、そしてこの土地の歴史的建造物を借り、芸術的関心や社会的政治的問題点を立ち上げ、世界の今とこれからを考える機会を与えてくれている。■連載「アートというお買い物」とは

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

世界の子どもたちを取り巻く複雑な社会を知る

今回もそれぞれ京都ならではの魅力的なスペースに10カ国13組のアーティストの優れた作品が集結した。どれもこれも紹介したい展示であるのだが、ここでは一つの例を取り上げ、詳しく解説したい。

ジェームス・モリソンの「子どもたちの眠る場所」はコンセプト、取材力や写真の技術、そして展示も出色だった。彼はケニア生まれ、英国育ち。映画と写真を学んだ後、イタリアに渡り、ベネトンのクリエイティブ・ラボ、ファブリカで働いている。幼少期の自身のベッドルームに想いを馳せ、そこがいかに大切な場所であったか、自分が大事に持っていたものや自分そのものを表していたかを改めて考えた。

そのことで彼は、今日、地球を取り巻く複雑な状況や社会問題を考える方法として、各地のさまざまな境遇にある子どもたちの寝室に目を向けることを思いついた。難民危機、不平等、気候変動などが間接的に描き出される。大人たちが動かす世の中や世界というものに左右され、翻弄されるのは子どもたちだ。ときにさまざまなことを強要され、ときに甘やかされ、ときに悲惨な状況に巻き込まれる。

作品「子どもたちの眠る場所」は子どもたちの部屋がほぼ実寸大でになるよう引き伸ばされ、そこに住む子どものポートレート、そして文章による解説で構成されている。

日々、悲惨な戦争、紛争、軍事的衝突のニュースが途絶えることがない。ウクライナに住む6歳の少女の部屋を取材している。戦乱から家族とともに逃げる生活。一つタイミングを見誤れば、命を落としていたであろう状況が綴られる。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター

ニカ 6歳

最近まで、ニカはウクライナのマウリポリ中心部に近い、庭とブドウ畑のある大きな家に住んでいた。ロシアによるウクライナ侵攻が始まったとき、彼女の父親は警察官で、心理学を学ぶ母親は産休中だった。爆撃が激しくなるにつれ、彼女の家族は安全のための30キロ離れた別荘に移ることにした。爆撃がそこにも及ぶと、一家は最初地下室に移ったが、上のガスボイラーが爆発するのを恐れ、ルーマニアに逃げた。マウリポリから橋を渡ってわずか30分後、橋そのものが爆撃を受けた。ロシア占領地を通過する長くて拷問のような旅だったが、ルーマニア国境に到着したときには、彼らの家はロシアのミサイルによって破壊されていたため、結果としては幸運な脱出だった。現在ニカは、かつて大学生が住んでいた小さな寮の一室で、兄、姉、両親と一緒に暮らしている。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示説明より

このように世界各地で生きている27カ国34人の子どもの部屋(眠る場所)と彼らの置かれた状況が目の前に展開する。たとえばアメリカ。同じ国に住んでいる子どもでありながら、貧富の差、環境の違いによる格差もありありと見えたりする。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

大人たちが引き起こした戦乱は罪のない子どもたちを巻き込む。子どもたちは受け入れる以外に手段はない。やがて彼らが大人になって、それぞれの立場で社会を動かしたり、なんらかの形で政治に影響を与えられるようになったとき、より良い社会、より賢明な選択をすることを彼らが実現してくれることを願う。

イスラエルに住むゲームとフライドポテトが好きな9歳の少年の部屋。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター

ツヴィカ 9歳

ツヴィカはヨルダン川西岸にあるイスラエルの入植地、ベタール・イリットに住んでいる。ここは3万6千人のハレディ(正統派)ユダヤ人が住むゲーテッド・コミュニティ(ゲートを設け周囲を塀で囲むなどして、住民以外の敷地内への出入りを制限した地区)で、ユダヤ教の聖典『タルムード』に定められた厳格な宗教的規範に従って生活している。テレビも新聞も禁止されている。この地域の多くの家庭には子供がたくさんいるが、ツヴィカには1人の妹と2人の弟しかいない。他のハレディの少年たちと同じようにツヴィカは神を敬い、大きくなったらラビ(ユダヤ教の聖職者)になりたいと思っている。彼は近代的な集合住宅に住み、車で2分の学校まで送ってもらう。宗教が最も重要な科目で、ヘブライ語と算数がそれに続く。ツヴィカは毎日図書館に通い、聖典を読むのを楽しんでいる。図書館にある本はすべて宗教書だ。ツヴィカはコンピューターで宗教的なゲームをするのも好きだ。好きな食べ物はシュニッツェルとフライドポテト。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示説明より

イスラエルとパレスチナの少年も登場する。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター

ハムディ 13歳

ハムディはヨルダン川西岸のベツレヘム郊外にあるパレスチナ難民キャンプで、両親と5人の兄弟とともにアパートに住んでいる。彼らの家には、居間、キッチン、寝室が3つある。このキャンプはもともと、1948年に国連が設置した一時的なものだった。それから60年以上経った今、当時の3倍の数の住民が暮らしている。超過密状態だ。ハムディは男子校に通っており、十分に勉強して学位を取り、自分よりも良い機会を得ることを父親は望んでいる。ハムディはベツレヘムの路上で暴力を受けた経験がある。16歳の異母兄はイスラエル占領に反対するデモの途中に兵士に殺され、ハムディは9歳のとき、戦車に乗ったイスラエル兵に立ち向かったために足を撃たれた。彼の負傷は、さらなる抵抗を思いとどませるものではなかった。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示説明より

展示では隣り合わせのスペースにこの2人の「眠る部屋」があるというわけだ。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
左が「ツヴィカ」、右が「ハムディ」。

日本の子どもでは、サッカーに集中する13歳の少年の部屋を見ることができる。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター

シンタロウ 13歳

シンタロウは横浜で父親と妹と暮らしている。彼の母親は1年前、米農家である高齢の父親宅へ物を届ける途中に交通事故で亡くなった。その遺灰は、子供達が母の存在を感じ続けられるよう、家に置かれている。シンタロウは週3階サッカーをし、身長を伸ばすために毎晩10時間は寝るようにしている。昨年、父親と姉は6週間のオーストラリア旅行に出かけたが、シンタロウはサッカーの練習を休みたくないと断った。家に誰もいない寂しさはあったが、自分で食事を用意し、学校に行くことができた。最近ではアルゼンチンで5週間のトレーニング合宿に参加し、寮で他の少年たちと寝泊まりしたが、寂しさを感じることはなかった。彼の夢は世界一のサッカー選手になることだ。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示説明より

そのほかの子どもでは、飢饉と旱魃、氏族内の対立から一家で逃げる15歳の少年、スパイダーマンのおもちゃやフィギュアを何百個も集めている4歳の少女、ネパールのカトマンズ近郊の採石場で働く7歳の少女、生きていくためには、物乞いをするか、盗むしかないということを受け入れているブラジルのリオデジャネイロの9歳の少年、すでに100以上の子ども美人コンテストに出場したアメリカ、ケンタッキー州の裕福な4歳の少女、カンボジア、プノンペン郊外のゴミ捨て場に住む8歳の少年、モロッコ、ラバトの難病を持つ5歳の少女などもいて、彼らはいずれもたくましく生きている。

「親ガチャ」ではないけれど、生まれてきた地域や境遇が子どもの将来を決定するのはある程度は仕方ないとしても、将来に少しでも幸福やチャンスを与えるのは大人たちの役割だろう。そのためにまずすべきことは大人たちのエゴや事情から始めた戦争をやめることが第一歩である。子どもはすべからく「希望」の存在でいてほしいと誰もが願っているのだから。

※ 「展示説明」は実際には漢字にふりがなが多く振られ、子どもも読みやすいように配慮されている。また、文末にあった注を文中に取り込んだ。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」京都芸術センター
撮影したジェームス・モリソン氏。このプロジェクトのために40カ国をまわった。今回はそのうち27カ国分を展示。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭
ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」
Supported by Fujifilm
会期:2024年5月12日(日)まで
会場:京都芸術センター
開館時間:11:00〜19:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日: 5月7日(火)
入場料:大人¥800、学生¥600(学生証の提示が必要)※他の展示も見られるパスポートチケットもあり

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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アートというお買い物

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

TEXT=鈴木芳雄

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