アールデコの館、東京都庭園美術館。建物ができて91年、美術館になって41年の今年、特別な展覧会が開催されている。普段は公開していない部分なども見せながら、詳細を辞書のようにAからZの頭文字で紐解き解説していこうというもの。この美術館ファンでも、見たことなかった、知らなかったことがたくさん出てくる。さらに2人のゲストアーティストを迎え、展示に文字通り花を添えている。■連載「アートというお買い物」とは
日仏のコラボレーションによる稀な建築物
旧朝香宮邸だった建物が東京都庭園美術館となって40年以上の時間が流れた。ここで見た展覧会は数えきれない。カラヴァッジョ展もあったし、ジョルジョ・モランディ展もあった。メディチ家のお宝を見せる展覧会などなどいろいろと思い出す。
この建物は1933年に皇族・朝香宮家の自邸として建てられたもの。朝香宮夫妻がフランス滞在中の1925年、現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称アール・デコ博覧会)を見学し、その様式美に魅せられたことで、この建物の誕生となった。フランスの装飾美術家アンリ・ラパンが主要な部屋の室内装飾を手がけ、宮内省内匠寮が庭園を含めた全体の設計を担当し、日仏のコラボレーションによる稀な例となった。ルネ・ラリックの装飾が象徴的だ。
2023年は朝香宮邸として建てられ90年、美術館になって40年の節目であった。テーマを立てて、建物を公開する展覧会も毎年定期的に行われてきたが、今回はそれとは別に大掛かりな建物を巡る展覧会だ。AからZを頭文字とするキーワードを立てて、この国指定の重要文化財の建物を読み解いていく。
たとえば、「A」は2階の広間、キーワードはAida and Carmen(アイーダとカルメン)。この場所に自動演奏ピアノが置かれ、朝香宮家次女の湛子(きよこ)女王が聴いた演奏で特に好まれたのがオペラの「アイーダ」と「カルメン」からの曲だったという具合。「B」はエントランスからほど近い小客室で、Babbling of Water(水のせせらぎ)。アンリ・ラパンが描いた油彩の壁紙をめぐらしたこの部屋では木々の間を抜ける風を感じ、小川のせせらぎも聞こえるようだということから。「C」はChilled Floor(つめたい床)。北の間という寒色系のタイルを敷き詰めた場所。涼を求めて過ごす場所だったという。
普段の展覧会では展示用の什器が置かれていたり、壁が立てられていて、見ることができなくなっている場所もさすが建物を鑑賞する展示なので、見ることができる貴重な機会。たとえば、通常は保護のため、カーペットが覆っている床もカーペットの一部を剥がして、市松模様や矢羽模様の寄木床を公開している。こんな仕事が隠されていたとは。そしてこの展示が終わり、別の展覧会が開かれるとなると、また当分見ることはできないだろう。
この機会にしか見られない部分も含めて、建物を探訪するだけでも楽しいのだが、今回はさらにゲストアーティストを2人呼び、一層楽しませてくれている。陶による作品で空間を有機的に変容させる伊藤公象氏と、本物と見紛う木彫による植物一つでそれをおいた場所の周囲の雰囲気、空間の意味までも変貌させてしまう須田悦弘氏だ。
特に須田氏の作品は気をつけて一つ一つ探していかないと見つけきれないかもしれない。ヒントは地図の描かれたハンドアウトシートに書かれている。たとえばこんな具合に。
「《椿》木に彩色 2024年 作家蔵
〔展示場所〕階段下化粧室」
地図にはポイントされていない。説明を手がかりに6点を探してほしい。
こんな素敵な機会を与えてくれる展覧会なのだがどうしても残念なことがある。キーワードAからZまでの説明をするため、この展覧会用に作られた大きな立体の案内オブジェが各部屋に置かれている。滅多に見ることのできない特別な公開、よく考えられた興味をそそるキーワード、それなのに無粋な立体がすべてをぶち壊しにしている。まるで安っぽい商品見本市で見かけるような人目を引くためのサインはここにまったくそぐわないと思う。
さて、冒頭の建物全体の写真にも須田作品が隠されていた。この場所、見落としがちなのでお知らせしておこう。ほかにもあり、難易度の高いものを掲載しないでおく。見つける楽しみを奪わないためにである。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。
■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。