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2026.05.28
野口聡一が明かす、宇宙飛行士が「宇宙に飛び立つ前」にしていること
無重力の宇宙で、ラーメンは食べられるのか。お風呂やトイレはどうするのか。狭い空間で、どうやって心と人間関係を保つのか――。夢とロマンに満ちた宇宙での暮らしには、地上とはまったく異なる現実がある。3度の宇宙飛行を経験し、ギネス記録も持つ宇宙飛行士・野口聡一さんが、そんな“宇宙生活のリアル”を教えてくれる。『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』から一部をご紹介します。

宇宙の暮らしのスタートは、地球での隔離生活!?
宇宙飛行士は待つのが仕事といっても過言ではありません。私の場合は、宇宙飛行士候補者に選ばれてから9年、宇宙飛行が決まってから4年待ってようやく、実際に宇宙に飛び立つことができました。そんな宇宙飛行士にとって、打ち上げ直前の「待つ仕事」が「隔離生活」です。
宇宙飛行士は打ち上げ前の一定期間を宇宙船に乗るメンバーのみで過ごし、打ち上げの日を待ちます。荷物のパッキングやお金の準備は、この隔離生活前にすませておきます。
隔離期間は、2005年にNASAのスペースシャトルに乗ったときと、2020年にスペースXのクルードラゴンに乗ったときは1週間、2009年にロシアのソユーズに乗ったときは2週間半でした。
隔離生活の最大の目的は、地球の有害なウイルスを宇宙に持ち込まないようにすることです。たとえば、宇宙飛行士の誰かが新型コロナウイルスに感染していて、そうとは知らずに宇宙に行き、宇宙船やISSで発症してしまったら……?
宇宙船やISSという狭い空間では、あっという間に感染が広がってしまうでしょう。地上の病院のように十分な医療設備があるわけではありませんし、医師免許を持つメンバーが同行しているとは限りませんから、深刻な状況になるおそれもあります。
こうしたトラブルを防ぐために、隔離生活中は人との接触が厳しく制限されます。宇宙飛行士と会えるのは、面会前に健康チェックを受けてパスした人だけ。感染源になりやすい子どもとは接触できません。
万が一、隔離生活中に病気になってしまったら、その宇宙飛行士は原則として、バックアップクルーと交代になります。正規クルー(プライムクルー)がなんらかの理由で飛行できなくなってしまった場合に備え、バックアップクルーは正規クルーと同等の訓練を受けています。
ただ、宇宙飛行士は3年以上かけて準備をしていますし、チームの士気もロケットの打ち上げを前に高まっています。交代せずにすむならそれがいちばんです。したがって、数日~1週間程度で回復が見込めるのなら、打ち上げを遅らせるという判断もありえます。なお、隔離生活中は宇宙飛行士も毎日医師による健康チェックを受けますから、体調不良を隠すのは無理です。

隔離生活のもう一つの任務――時差ボケを消す
話が少しそれました。
隔離生活中にはもう一つ、重要なミッションが行われます。時差ボケ対策です。
ISSではグリニッジ標準時(ロンドン時間)が使用されています。ロシアから打ち上がるときは、モスクワ時間を採用するのでISSとの時差は3時間。アメリカから打ち上がるときは、ヒューストン時間に合わせるため、ISSとの時差が6時間になります。対策をしておかなくては、ISSでつねに眠気と戦う羽目になります。そこで、隔離生活中は就寝時間を少しずつずらして調整していきます。
ここまで読んで、「隔離生活中の宇宙飛行士はひまそうだな」と感じた人もいるかもしれません。
2005年のスペースシャトルのときは、隔離生活中も忙しかった記憶があります。
宇宙飛行士はT-38というジェット練習機を使って飛行訓練を行います。隔離用宿舎があるフロリダのケネディ宇宙センターには滑走路があり、隔離生活中も飛行訓練ができてしまうのです。操縦の勘が鈍らないという点では非常によかったのですが、おかげで、打ち上げ直前までわりと忙しく過ごしました。

2009年のソユーズのときは、気力と体力をしっかり回復できました。宇宙船の運航で使う手順書のチェックやシミュレーターを使った簡単な訓練はあるものの、スケジュールに余裕があったからです。ロシアではサウナが人気なので、隔離生活中は毎日3時間ぐらいサウナに入っていたメンバーもいました。
2020年のクルードラゴンのときは、ちょうどコロナ禍の真っ最中。ワクチンもまだ接種開始されていなかったため、かなり厳密な隔離生活を送っていました。対面で会えるのは、ともに宇宙に行く4人だけ。あとはひたすらオンラインで会議をしていた覚えがあります。
メンバーと過ごす時間がもたらす一体感
宿舎にはもちろん個室がありますが、朝も昼も夜もメンバーと一緒に食事をします。すでにお話ししたように、隔離生活中は面会に制限があるので、自由に会えるのはメンバーのみとなり、人間関係はかなり“密”です。そう聞くと、なんだか気疲れしそうに感じるかもしれません。
けれど、メンバーとはもう何年も訓練をしてきた仲で、打ち上げ後は宇宙船とISSで一緒に寝起きします。したがって、隔離生活の段階までくると、メンバーといるのはまったく苦になりません。むしろ団結力が強まり、チームの完成度はこれまでになく高まっています。隔離生活には、チームボンディング(チームのきずなを深める)という目的もあるのです。
ところで、一般の人が気軽に宇宙に行けるようになったとき、隔離生活をする必要はあるのでしょうか。
2025年4月14日(現地時間)、アメリカの人気歌手ケイティ・ペリーさんを含む6人の女性がブルーオリジン社の宇宙船に搭乗し、約10分間の宇宙飛行に成功しました。この際、メンバーは数日前に集合して、専用の滞在施設で過ごしたと聞いています。
プロの宇宙飛行士のように感染予防を主目的とした隔離生活ではないかもしれませんが、宇宙での暮らしはロケットに火がついた瞬間ではなく、隔離施設または滞在施設にチェックインしたところからはじまっているのです。

打ち上げ当日のルーティンは片づけとカードゲーム
隔離生活がついに終わる日がやってきました。ロケットの打ち上げ当日を迎えたのです。打ち上げ当日の宇宙飛行士はとても多忙です。その様子を、NASAでの体験をベースにご紹介しましょう。
◯打ち上げ10時間前 起床~朝食
打ち上げ当日、宇宙飛行士は打ち上げのおよそ10時間前に起床し、最後の健康チェックを受けます。健康チェックを無事にパスしたら、クルー全員での朝食です。
この朝食は地上で食べる最後の食事ということで、好きなものをリクエストできます。ハンバーガーでもカツレツでもなんでも大丈夫といわれ、私は好物のカレーをリクエストしました。これから宇宙に行くのだと思いながら食べるカレーは、やはり、ひと味違います。なお、アメリカ人飛行士はステーキを食べる人が多いとのこと。食後には、ミッションロゴ(ミッションの目的やテーマを表したマーク)がデザインされた巨大なケーキも用意されていました。アメリカらしいサプライズです。
好物の朝食と巨大ケーキのおかげで、メンバーの気分と結束はますます高まります。

◯打ち上げ4時間前 着替えと片づけ
朝食をすませたら、着替えと片づけです。
私服から、宇宙服の下に着用する長袖の綿シャツとパンツに着替えます。パンツといってもブリーフやトランクスではなく、ステテコのような丈のあるタイプです。
着替え終わったら私物の片づけに取りかかります。私物はすべてスーツケースにまとめて居室の入り口へ。スーツケースは後日、NASAの職員が自宅に送り届けてくれます。なお、個人用パソコンや携帯電話の宇宙への持ち込みはNG。俗世間の私物はすべて地上に置いていかなければなりません。
パッキングが終わったら、「宇宙ライフハック十か条」の「立つ鳥跡を濁さず」の言葉に従い、部屋をきれいに片づけます。宇宙飛行士は軍隊出身の人が多いため、軍時代の習慣でベッドメイキングまでする人が少なくありません。反対に、「立つ鳥跡を濁す」タイプもいるのですが、部屋が汚いまま旅立つと後々まで悪しき伝説として語り継がれることになるため、とくに新人の宇宙飛行士は、きちんと片づけるよう先輩たちから指導されます。
◯打ち上げ3時間半前 宇宙服への着替えと伝統行事
片づけが終わったら、長袖の綿シャツとパンツという格好で部屋を出て別室へ移動。ここで30~40分かけて宇宙服へと着替え、動作チェックなどが行われます。
全員の着替えと動作チェックが終わったら、いよいよ発射台へ出発……ではなく、関係各所の調整などもあり、このタイミングで15分から20分程度の待ち時間が発生します。
この待ち時間にメンバー全員で「ある伝統行事」を行うのですが、なんだかわかりますか?
トランプのカードゲームです。
いよいよ出発というときに宇宙服を着た状態でカードゲームをするなんて、驚きますよね。さらにこのカードゲーム、「船長(リーダー)が負けるまでつづける」という特殊ルールつきです。これは、「船長の不運をここで出し切って打ち上げを成功させる」という験担ぎなのです。船長が勝つまでではなく、負けるまでというところにアメリカのお国柄を感じます。
打ち上げ前のカードゲームは、スペースシャトルの時代から伝統的に行われてきました。けれど、2011年にスペースシャトルが退役になると中断され、2020年にクルードラゴン宇宙船に乗ったときには、打ち上げ前のポーカーを経験したことがあるメンバーは私一人となっていました。

打ち上げ前にカードゲームで遊ぶというユニークな伝統を、すたれさせてしまうのはもったいない。そう思った私はカードゲームの復活を提案し、クルードラゴンのメンバーとカードゲームに興じました。これがきっかけとなってカードゲームの伝統が復活し、いまも行われていると聞いています。2025年8月2日(日本時間)に打ち上げられたクルードラゴン宇宙船11号のメンバーも、船長が負けるまでカードゲームをやったことでしょう。宇宙で暮らしたいと願うみなさんも、ぜひ、カードゲームの練習をしておいてくださいね。
伝統のカードゲームでめでたく船長が負けたら、いよいよ隔離施設とはお別れです。
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