「無口なホテルが好きです」と語る吉田修一氏。邦画実写の興行収入歴代1位を記録した『国宝』の原作者で、数々の作品で人間の内側を描き切る作家は、プライベートはもちろん、執筆の場としてもホテルに身を置くことを好むという──。【特集 最先端ラグジュアリーホテル】

作家・吉田修一がホテルに求めるもの
古今東西、作家とホテルは相性がよいものだ。多くの名作、大作がホテルの部屋から生まれてきたのは、周知の事実である。
吉田修一氏も御多分に洩れずのようで、作品の舞台取材に滞在することもあれば、そこで物語を書き上げることもある。2019年に上梓した『アンジュと頭獅王』は、新宿のパーク ハイアット 東京(以下PHT)で執筆されたもので、ホテルの25周年を記念して企画された。
「ホテルとの相性のよさの理由をひと言で表せば、そこに自分の荷物がないからだと思います。私物といえば鞄ひとつぐらい、それ以外は何もありません。日常から切り離されるというだけでなく、読みかけの本や食べかけのものといった普段の生活にあるものがいっさい視界に入らない……。この感覚は創作活動、つまり小説につながりやすい状況だと思います。ホテルにしろ、旅館にしろ、昔の作家もまたこういう場所に身を置いた時、そんな執筆のしやすさを感じたのではないでしょうか。私自身もホテルに身体ひとつで滞在する感じが好きですね」

どんなジャンルでも重要なのはオリジナル
ホテルという空間には、身ひとつでやって来ることができる。それによって、作家は小説という世界に没頭し、真正面から向き合える。この状況が今も昔も好まれたのだろうと話す吉田氏。また作家としてだけでなく、プライベートでもホテル好きを公言する。吉田氏の好みのホテルには、ある共通点があるそうだ。
「私の場合、オリジナルであるということにとても重きをおいています。オリジナルとは、やはり極め尽くされている存在だと思いますし、言い換えればそこにすべてがあるのではないでしょうか。ホテルに限らず、映画や他のジャンルでも、もちろん小説もそうだと思います。例えば映画だったら黒澤明のように、まずこれはとなる作品があり、そこからさまざまな道へ枝分かれしていく、というイメージを、私はすべてのジャンルに対して持っています。その観点から見た場合、ラグジュアリー系のホテルならPHTと帝国ホテルがそれに当たると思っています」
オリジナルであること、とは言い換えると創造性と情熱の産物と表現できるかもしれない。つまり、市場のマーケティングリサーチで紐解く次の流行や、世の中に求められそうなものを提供することに終始するのではなく、何をもって最高とし、どうやって快適さを提供する場をゼロから創造するかということ。かつて吉田氏が初の古典に挑戦し書き上げた場であるPHTだが、その25周年の記念動画で吉田氏は「ホテルの美意識にためらいがない」と評している。その言葉とオリジナルであることは、同義語なのだろう。
無口なホテルから感じる自信と安心
さらに続けて、自身の好みの共通点をこう語る。
「上手に表現できていないかもしれませんが、言葉での説明が全然なくても本物を味わえるという安心感、という共通点があるんです。言うなれば、無口である側から提供してもらえるとでも言いますか……。実は先日の(芥川賞)選考の際に推した作品についても、まったく同じ理由で“この小説は無口である”と評価しました。きっと提供する側の内面には非常に厳格なこだわりがあるはずです。
しかし、それを決して声高に言ったりしない。事実そういう無口なタイプのホテルは、聞いてみると必ず舞台裏がしっかりしているんです。しっかりした背景を持っているということが、きっと自信につながっているのだと思います。そうした無口なホテルが好きですね」
原作の映画が空前の大ヒットを記録し、力作をコンスタントに仕上げ、芥川賞の選考委員もする文壇のトップランナーである吉田修一氏。現在50代後半だが、ビジネスの世界で喩えれば、働き盛りのエグゼクティブというところだろうか。そんな多忙を極める吉田氏が思う、ホテルでの理想的な過ごし方とはどんなことだろうか。
「まず自分がホテルにいて、よい時間だと思うのは、ここには世界がある、という感覚になれるところなんですね。PHTは東京にありますが、東京でも日本でもなく、世界とつながっている感覚があるんです。なぜなら、ここにはローカルではなく世界共通の研ぎ澄まされた美意識があるからだと思います。
先ほどPHTのようなホテルを無口と表現しましたが、そんなホテルを好む人も、無口なタイプが多いのではないでしょうか。これは何も話さない人、という意味ではありません。自分語りに忙しいのではなく、相手を楽しませることに心を配れる人であるということです。
私が第一線で活躍されているビジネスパーソンで“この人はすごい、面白い”と感じる人もまた、そういう人ばかりです。そして本当に不思議なんですが、好きなホテルに滞在していると、このタイプの人はすぐにわかるように思います。きっと、静かななかにある確固たる自信を感じるからなのでしょう」

1968年長崎県生まれ。2002年『パレード』で山本周五郎賞、同年『パーク・ライフ』で芥川賞と、エンタテインメントと純文学両方の賞を受賞し、文壇の話題をさらう。以来『悪人』や『横道世之介』、『国宝』などヒット&受賞作多数。 最新刊『タイム・アフター・タイム』(幻冬舎刊)が2026年5月27日に発売予定。
この記事はGOETHE 2026年5月号「総力特集:HOTEL 動と静の最新リカバリー拠点」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら

