高級時計とは単に時を刻む道具ではない。持ち主の人生哲学や美意識を映しだし、それを次世代へと受け継ぐことができるからこそ、時代が移ろうなかでも変わらない価値を放ち続けるのだ。今回は、「Gallery CRANE」の山口達弘氏に話を聞いた。【特集 100年後も受け継ぎたい高級腕時計】

1991年兵庫県生まれ。JR芦屋駅近くにて、気鋭の現代アーティストの作品を扱う「Gallery CRANE」を運営。趣味はモータースポーツで、年に数回、ドライバーとして国内のレースを転戦している。コレクションしている腕時計の本数は、実に50本を超える。
心震える時計を一生使い続ける
物心ついた頃には、腕時計が身近にあったという山口達弘氏。山口氏は2024年末、兵庫県・芦屋駅のほど近くに移転オープンした現代アートのギャラリー「Gallery CRANE」を運営する一方で、父方の祖父の代より続く物流企業で専務取締役を務めている。
父親が時計好きだった影響もあり、小学生の時点で数本の腕時計を譲り受けていたそう。
「ロレックスやカルティエの『パシャ』をつけている、ませた小学生でした(笑)。腕時計のカッコよさや魅力を父の姿から感じ取っていたんだと思います」
そんな山口氏は、成人すると自分でも時計を購入し、コレクションするようになっていった。
「初めて自分で買ったのは、ロレックスの『デイトナ』です。第一印象でピンと来て、ひと目惚れ。そして時計の真の素晴らしさに気づかせてくれたのは、パテック フィリップのコンプリケーションでした」
約122年修正不要なムーンフェイズや、閏年修正も行ってくれる永久カレンダー機構など、圧倒的な精度を誇るムーブメントやまるで芸術作品のような美しいデザインに、強く惹かれるようになったという。
「メカニズムを説明されても、正直あまり理解はできません(笑)。でも、いい腕時計からはこれまで人類が培ってきた途方もない叡智を感じるんですよね」
腕時計にいっそうハマっていくと同時に、現代アートへの造詣も深めていったという山口氏。結果、自身でギャラリーを運営することになったのだが、母が代表を務める鶴鳴荘という会社の“鶴”をいただき、「CRANE」をその名に冠した。
「人間が手を動かして、心震える傑作を生みだす。そういった意味でも、アートと腕時計って共通する部分があると思うんです。腕時計を投資目的で売買する人もいますが、僕は違う。惚れこんだ時計を大事に使い続けるだけ。所有する腕時計を売ったことは一度もありません」

アートや時計への深い愛情を持つが、特にパテック フィリップへの想いは格別。2025年、VIP顧客のみが招かれるツアーにてジュネーブの本社や工房を訪れた際には、永続的なオーバーホールやタイムピースの修復に大きな感銘を受けたという。
「いつまでも修理を受けられるからこそ、世代を超えて継承していける。僕にはまだ子供はいませんが、いつの日か子供に恵まれて彼らが大きくなった暁には、自分の時計を渡したいと思っています」
時計をつける習慣の先には、多忙を極めるビジネスパーソンとしての矜持も垣間見える。
「“当たり前のことを当たり前にやる”というのがモットー。TPOに合わせてスーツや腕時計を選び、身だしなみもしっかりと整える。そういうところは人一倍意識して普段仕事をしています」
祖父や父から受け継いだ、ひとりの社会人としてのマインドセットは、その時計とともに次世代へと継承されていく。

この記事はGOETHE 2025年8月号「特集:100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら