高級時計とは単に時を刻む道具ではない。持ち主の人生哲学や美意識を映しだし、それを次世代へと受け継ぐことができるからこそ、時代が移ろうなかでも変わらない価値を放ち続けるのだ。今回は、シグマ代表取締役社長の山木和人氏に話を聞いた。【特集 100年後も受け継ぎたい高級腕時計】

シグマ代表取締役社長。1968年東京都生まれ。1993年に上智大学大学院を卒業後、父・道広氏が創業したシグマに入社。取締役・経営企画室長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任した。福島県の会津を生産拠点に、カメラおよびレンズなどの製造販売を行っている。
“暗黙知”の継承が愛される価値を生みだす
カメラ用レンズメーカーとして愛好家たちから広く親しまれている日本の光学機器製造企業、シグマ。その代表である山木和人氏はこれまで主にカジュアルな時計を愛用してきたが、50歳を境に意識が変わったと話す。
「カメラと同じく、時計もその価値が数十年と長きにわたって続くモノ。腕時計もそうした『次世代に受け継ぐことができるか』という視点に重きを置いて選ぶようになりました」
カルティエ「タンク ルイ カルティエ」は100年以上にわたって色褪せない素晴らしいデザインに心を打たれ、A.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1」が持つ革新性には経営者としてのマインドも刺激された。そして最近手に入れたというのが、グランドセイコーの「SBGW237」だ。クラシカルで控えめなフェイスながらも、マイクロメートルレベルの寸法精度を実現するMEMS(メムス)製法による高品質な脱進機を搭載するなど、日本の高い技術力を備えている。
「モノづくりを一貫して国内で完結させている姿勢に、全製品を会津工場で生産している我々との共通点を感じました。また、私は海外の取引先や経営者、写真家とも会う機会が多く、シグマと同じメイド・イン・ジャパンの腕時計を身につけることは、自分にとって大きな意味があることだと感じています」
トレンドに左右されないミニマルなデザインに、タイムレスな価値。山木氏がグランドセイコーに惹かれる理由は、そのまま自身のモノづくり哲学にもつながっている。シグマが手がけた最新のミラーレス一眼カメラ「Sigma BF」も、その思想の延長線上にあるモノだ。
「現代的な機能を持たせつつも、なるべく要素を削ぎ落として、使う人の創造性を引きだせるようなカメラを目指しました」
シグマ製品の魅力は、カメラボディだけに留まらない。交換レンズの製造においても、高いビルドクオリティに加え、絞りリングやフォーカスリングの操作感など使い心地にまで徹底的にこだわることで、ひとつひとつのプロダクトに命を吹きこんでいる。
「人間の手は驚くほど繊細です。わずかな違いも認知でき、そこでモノのよしあしがわかります。どれだけスペックがよくても質感に問題があれば、心から満足できません。そうした品質は、モノづくりの現場に存在する言葉にできない勘やコツといった“暗黙知”の積み重ねによって実現するものです。その“暗黙知”を集積し、適切に継承することが100年後に残る名作を生みだす条件といえるのかもしれません」
時代や流行を超えて使う人のなかに息づき、心を満たすような存在。高級時計やシグマの製品も、そうした価値を秘めている。
「常にイノベーションを求め、モノづくりに対して責任を持つ。そうしたブランドこそ、本当に価値ある製品を生みだせるのだと考えています」
この記事はGOETHE 2025年8月号「特集:100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら