就任2年目を迎えた日本サッカー協会(JFA)の宮本恒靖会長が力を入れるのが、女子サッカーの普及だ。しかし、JFAに登録する選手は国内全体で約80万人いるが、女子はたったの5万人。また、機運醸成に向けて2031年女子ワールドカップ開催を目指していたが、招致に失敗。今後は2039年大会以降の立候補に向けて動くことになる。

思わず歓喜した谷川萌々子のループシュート
JFA会長就任から1年を迎えた2025年3月。報道陣から最も印象に残った場面を問われた宮本恒靖は、迷うことなく即答した。
「一番うれしかったのはパリ五輪のなでしこジャパンのブラジル戦の谷川選手のゴールですね。ループシュートを打ったら入ると思っていたら、彼女がイメージした通りの軌道のシュートを打ったので、立ち上がってガッツポーズしました」
真っ先に頭に浮かんだのは、W杯アジア最終予選を戦う男子日本代表の試合ではなく、なでしこジャパンの一戦だった。
2024年7月28日に開催されたパリ五輪1次リーグ第2戦のブラジル戦。0-1から後半アディショナルタイムの2得点で逆転した劇的な試合で、MF谷川萌々子(バイエルン・ミュンヘン)選手が決めた鮮やかな決勝弾は脳裏に焼きついているという。
2031年のW杯招致の可能性は消滅
宮本会長が理事に就任した2022年度、新型コロナウイルス感染拡大などの影響でJFAの決算は赤字となった。その後、文京区に保有していた11階建ての自社ビル「JFAハウス」の売却などで黒字に転じたものの、将来に向けて収益の柱を強化することは不可欠。そのカギを握るのが女子サッカーの発展だ。
JFAの登録者数は1993年のJリーグ開幕、2002年のW杯日韓大会開催などもあり、右肩上がりに伸びていたが、2014年以降は少子化やコロナ禍の影響もあり緩やかな減少傾向が続いている。
登録者数の減少は登録料の減収を意味する。歯止めをかけるために欠かせないのが、伸びしろの大きい女子のサッカー人口の拡大。宮本会長は就任時の公約に「強い日本代表をつくり続ける」などとともに「キッズ・女子・シニアを重点3領域として扱う」と掲げた。
その目玉施策が、2031年女子W杯の招致だった。2024年8月にはフランス・パリの国際サッカー連盟(FIFA)オフィスでインファンティーノ会長と会談。開催国に立候補する意向を伝えた。
だが、2025年3月のFIFA理事会で2031年の女子W杯は、アフリカもしくは北中米カリブ海、2035年はアフリカもしくは欧州のFIFA加盟協会からそれぞれホスト国を募集することが決議された。これに伴い、アジアサッカー連盟に加盟している日本が立候補する可能性が消滅した。
「女子のW杯を招致して女子サッカーを盛り上げていくイメージが少し崩れました。でも2039年以降の立候補を目指す意志は明確に持っています。そこは変わらずにやっていく。ある意味で準備期間が増えたなという思いもあります」
FIFAの水面下での動きを読み切れずに誤算が生じた一方で、追い風も吹いた。2025年4月11日に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で2026年ロサンゼルス五輪のサッカー競技の出場チーム数が男子は16から12の4減、女子は12から16の4増になることが決まった。
従来のアジアからの出場枠は男子が3.5、女子が2。ロサンゼルス五輪でアジアに割り当てられる枠は現時点では未定だが、男子が減って女子が増えることは確実だ。
五輪では男子は23歳以下の選手でチームを編成するが、女子はA代表が出場する。女子はW杯以上に五輪に注目が集まる傾向があり、なでしこジャパンが五輪に出場することは大きな意味を持つ。宮本会長は「ロス五輪で女子の出場枠が拡大したことは歓迎」とIOCの決定を喜んだ。
2024年9月からは女子サッカーのWEリーグの副理事長も務めている。JFAからWEリーグに職員を送りこみ、リーグの発展に向けた取り組みを強化。女子の競技人口が右肩上がりのブレイキンなどアーバンスポーツの台頭もあるなか、サッカーファミリーの拡大に向けた改革は続く。
宮本恒靖/Tsuneyasu Miyamoto
1977年2月7日大阪府生まれ。ガンバ大阪ユースから1995年にトップチームに昇格。2006年のリーグ制覇に貢献するなど12シーズン在籍した。その後はレッドブル・ザルツブルク(オーストリア)やヴィッセル神戸でプレー。2000年シドニー五輪、2002年W杯日韓大会、2006年W杯ドイツ大会に出場した。日本代表通算71試合3得点。2011年に現役引退後は国際サッカー連盟(FIFA)が運営する大学院「FIFAマスター」で、スポーツの歴史や経営学などを学んだ。2018~2021年はガンバ大阪監督。2023年2月にJFA専務理事に就任し、2024年3月からJFA会長を務める。