2021年、FC町田ゼルビアは、アカデミー全カテゴリーの指導を統括するアカデミーダイレクターとして菅澤大我氏を招聘した。30年もの指導歴を誇り、数多の日本代表選手を育ててきた“育成のプロ”が見つめるFC町田ゼルビアの未来に迫る。「FC町田ゼルビアの飛躍を支える、裏方仕事術」第6回、FC町田ゼルビア アカデミーダイレクター・菅澤大我氏。前編。

“借りもの”の練習方法では選手は伸びない
Jリーグ所属クラブの大半が、小学生年代にあたるジュニア、中学生年代のジュニアユース、高校生年代のユースといったアカデミー組織を有し、その中から将来トップチームに昇格する選手の育成に力を注いでいる。FC町田ゼルビアも然り。2021年には、豊富なキャリアを誇る菅澤氏がアカデミーダイレクターに就任。選手だけでなくコーチの成長をも促す、菅澤メソッドを実践している。
―――2009年、Jリーグが制度をリニューアルするにあたり、育成責任者の名称をアカデミーダイレクターに変更しました。クラブの育成を統括するポジションですが、具体的にはどのようなことを行うのでしょうか?
菅澤 クラブによって求められることは多少違うと思いますが、FC町田ゼルビアの場合、サッカーという競技が今後どういう方向に進むのか、将来も見据えた上でクラブが目指すサッカーや選手像の指針を示し、コーチたちが指導しやすい環境を整えたり、コーチと監督の連携を図ったりといった位置づけになっています。
我々が目指しているのは、全カテゴリーの選手が、「巧く・賢い・タフ」なってもらえるよう、手助けすること。巧さは大前提で、巧さを活かすのは賢さであり、賢さを活かすのはタフさだということを、それぞれの年代に合わせて習得できるよう意識しています。体力のないジュニア年代は巧さを、ジュニアユースの年代で賢さを、身体ができつつあるユース年代はタフさを、といったイメージですね。
―――現在、FC町田ゼルビアには、ジュニア、ジュニアユース、ユース合わせて17名の監督とコーチがいらっしゃいます。クラブとして共通の指針を掲げているということは、指導方法も統一しているのでしょうか。
菅澤 指導方法をこと細かく決め、コーチに強いることはしていません。選手に個性があるのと同様、コーチにもそれぞれ個性や強みがありますから、それを活かして指導してもらいたいというのが、僕の考えです。たとえば、現役を終えたばかりのコーチは、実際にプレーを見せて子供たちに伝えることができますし、指導歴が長いコーチは、論理的に言葉で伝えることに長けている。それぞれのコーチが、自分の強みを生かしながら、子供たちを伸ばしてほしいと思っています。
ただし、どこかから借りてきたような指導方法は認めていません。なんでも検索すれば出てくる時代ですから、さまざまなトレーニング方法や戦術がネット上にあふれています。それを参考にするのは良いけれど、そのまま子供たちに教えても、良い練習にはならない。コーチの仕事は子供たちに練習をさせることではなく、練習内容を納得してもらい成長を促すこと。
借りてきた練習方法をそのまま子供に教えても、コーチがその練習を通して伝えたいメッセージは届きません。教える相手のレベルや状況を踏まえた上で、コーチが考えたものだからこそ子供たちの成長につながるのだと思っています。
今は、そうしたコーチと子供たちとのやりとりを傍らで見ている立場ですが、コーチへの注意や助言は最低限に抑えています。僕がとやかく言い過ぎてはその言葉が気になり、コーチたちが自分らしさを出せなくなってしまうでしょうから。コーチの成長を促すことも、僕の役割のひとつだと思っています。

1974年東京都生まれ。1996年、選手として所属した読売クラブ(現・東京V)育成部門コーチとなり、元日本代表の森本貴幸氏や小林祐希氏ら、多くの逸材を発掘。その後、名古屋グランパスや京都サンガF.C.。ジェフユナイテッド市原・千葉ではTOPチームとアカデミーを指導。ロアッソ熊本などで育成年代のコーチや監督を歴任し、2021年から現職。
社会で必要なスキル、人間力を育てることも大切な役割
―――トップチームは、2023年にJ2で優勝し、J1に昇格するや否や優勝争いに絡むなど、この2年で目覚ましい飛躍を遂げています。アカデミーにも、その影響はありますか?
菅澤 トップチームがJ1に昇格したことで、所属する選手のレベルは確実に上がりました。アカデミーにとって最大のミッションは、そのトップチームに昇格できるような選手を育てることなので、子供たちに身につけさせるべき巧さや賢さ、タフさのレベルアップは必須だと思っています。
町田の周辺には、川崎フロンターレやFC東京など、Jリーグ所属クラブが複数あり、それぞれアカデミーがあるため、才能のある子供たちに、いかにFC町田ゼルビアを選んでもらうかというのも課題のひとつです。「ここでプレーをしたい、学びたい」と思ってもらえるよう、我々が目指す巧くて賢いサッカーを、子供たち、そして保護者にも認知してもらう必要があるとも感じています。
同時に、プロの選手としてだけでなく、社会に出るために必要なスキル、人間力を育てることもアカデミーの大切な役割だと考えています。アカデミーに所属していても、プロになれるのはほんのひと握りです。トップチームに上がれるような選手を育てることがアカデミーの使命であるのは間違いありませんが、それ以外の子供たちも僕にとってはすごく大切な存在。彼らがアカデミーでの日々を通して、「ここはもうひと踏ん張り頑張る場面だ」とか「ここで、自分の力を出し切らなければ」など、人生哲学みたいなものを身につけてくれたらとても嬉しいですね。
時々、元教え子たちと集まるんですが、プロに進まなかった子たちが、立派な大人になって社会で活躍しているのを見るのが、とても楽しいんですよ。みんなでサッカーをすることもあるんですが、すっかりお腹が出て走れなくなっていても、スキルは健在で「技術は裏切らないな」なんて言いながら、みんなでワイワイとボールを蹴る時間は僕にとって宝物ですね。「ここで学んで良かった」「この仲間とサッカーができて楽しかった」と思ってもらえることも、育成の醍醐味だと思います。
―――「プロを育てること以上に、子供たちを人間的に成長させられることに大きな喜びを感じます」と、笑顔を見せる菅澤氏。後編では、育成年代における指導方法の変化と、すべての指導者に伝えたいことについて語ってもらう。

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