PERSON

2025.01.26

宇宙一カワイイアイドルレスラー・中野たむ「アイドルとプロレスラーの違いは、体が痛いか痛くないかだけ」

女子プロレス団体・スターダムの中野たむは、地下アイドル活動を経てプロレスラーに転身した人気選手だが、これまでの道のりは険しいものだった。後編では、プロレスラーの転機となった3つの試合を振り返る。インタビュー後編。#前編

女子プロレスラー・中野たむ

諦めていたベルトを獲得して、プロレスラー人生が変わった

中野たむにとって、プロレスラー人生を変えるきっかけになった、思い入れの強い試合が3つある。

1つ目は2019年の6月16日に後楽園ホールで行われた、星輝ありさとの白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)のタイトルマッチ。今もなお中野たむのベストバウトと語る記者・関係者も多いという壮絶な試合だ。

中野は挑戦して負けたものの、「本物のプロレスラーに片足を突っ込めた」と語る。

「これまで先輩に『たむちゃん、今日試合楽しんで大丈夫だよ』と言われても、『楽しむって何? 死ぬかもしんないし、怖いし、意味わかんない』と思っていました。

でもこの試合で初めて試合中に『楽しい』と実感できて。結局ベルトは獲れなかったけど、岩谷麻優が『こんなすごい試合できるんだね』って泣いて褒めてくれたんですよ」

しかし、自分のプロレスの可能性を感じる一方で、心のどこかでは「シングルのベルトまではたどり着けないだろう」と諦めていた部分もあったという。

それを変えるきっかけとなったのが、最強のライバルであるジュリアとの試合だった。

これが人生を変えた2つ目の試合で、2021年3月3日に日本武道館で行われた、ジュリアが持つ白いベルトに挑戦した試合だ。

この試合は、敗者は坊主頭になるという髪切りマッチ。アイドルレスラーでなくても躊躇してしまう条件の試合になんとか勝ち、初のシングルベルトを戴冠した。

「この試合は自分の中で最大のターニングポイントです。これ以前と以降で人生がまったく違って、アイドルでいうところの前世くらい違う。

心のどこかではシングルのチャンピオンになれるはずがないという気持ちがあったのに、白いベルトのチャンピオンになれたという、自分が勝手に決めていた想像上の限界を超えた日。

だからか、勝った後も自分が自分じゃないみたいな不思議な感じで、防衛戦を重ねていくことで徐々に気持ちを落ち着けつかせることができました」

中野たむ/Tamu Nakano
3月22日愛知県安城市生まれ。アイドル活動を経て、2016年にプロレスラーデビュー。2017年に女子プロレス団体「スターダム」に所属。2020年にリーダーとして「COSMICANGELS」を結成し「アーティスト・オブ・スターダム王座」を戴冠。史上最多となる7度の防衛に成功し、週刊プロレス主催のプロレスグランプリ「ベストユニット」に3年連続で輝く。2023年には団体最高峰のベルト「ワールド・オブ・スターダム王座(赤いベルト)」と「ワンダー・オブ・スターダム王座(白いベルト)」を戴冠し、史上2人目の赤白2冠王者となり、東京スポーツ新聞社制定「2023年度プロレス大賞」女子プロレス大賞受賞。X:@tmtmtmx Instagram:@tam_nakano

スターダムには象徴的なシングルベルトとして、赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)と白いベルトの2つがある。

赤いベルトが最高峰で強さの象徴とされる一方、白いベルトは選手間の感情のぶつけ合いやストーリーなどが重要視されるとも言われている。中野にとって、白いベルトのほうが最終地点という意識が強かった。

「白いベルトってすごく魔力があって魅力的なんですよね。赤いベルトより白いベルトのほうが獲るほうが難しいと思っていて。ただ強いだけでは獲れないというか、選ばれしものしか巻けないベルトというイメージがあります」

その後、白いベルトを6回防衛した後に上谷沙弥に奪われ防衛ロードが終了。

勝利の経験を重ねてプロレスに対する自信はついてきたものの、中野にとって白いベルトが最終目標だったため、次なる目標を見失ってしまい、この頃からうっすらと引退を考え始めていたという。

「何をしてもいいし、されてもいい」。ライバルとの出会い

中野の気持ちの変化を察知したのか、アクトレスガールズ時代にエースで先輩だった、なつぽいが急に挑発を始める(ちなみになつぽいはジュリア率いる「ドンナ・デル・モンド」に所属していた)。

ある試合後に突如マイクを握って「最近のたむちゃん、気持ち悪いんだよね。引退でもすんの?」とあおり、「ベルトとともに感情むき出しのたむちゃんも消えちゃったのかな?」と問いかけたのだ。

その後行われたのが人生を変えた3つ目の試合で、2022年の6月26日の名古屋国際会議場で行われた金網マッチ。

金網で覆われたリングで試合が行われ、互いの顔を金網にこすりつけたり、高さ4mの金網の上にまたがって互いにエルボーを打ち合ったりするなど、壮絶な戦いとなった。

「この試合は『生きるか死ぬかの戦いって本当に最高だな』と思い起こさせてくれました。前日は『明日死ぬかもしれない』と思って『ジムに行くの最後かも』『この朝ごはん最後かも。最後かもしれないからプリン食べておこう』みたいに考えていました。

今となってはなつぽいが、私が引退しないように組んでくれた試合なのかなとも思います。現在のコズエンの体制となるきっかけとなった大切な試合です」

女子プロレスラー・中野たむ

この試合の後のユニット対抗戦で、なつぽいはジュリアのユニットから裏切るように抜けて、中野率いるユニット「COSMIC ANGELS(コズミック・エンジェルズ、通称コズエン)」入る。

その後、デビュー戦の相手だった安納サオリもメンバーとして加入。なつぽいと安納は、中野がプロレスラーデビューしたてのアクトレスガールズ時代に憧れのエースだったが、今や自身のユニットのメンバーとなっている。

ある意味、プロレスラーとしての格を上げることに成功したともいえるが、なぜここまで上り詰めることができたのか。

「私がどうこうというよりは、人に恵まれていたからだと思います。今のコズエンの仲間であるなつぽい、サオリちゃん、ゆなもん(水森由菜)、くらら(玖麗さやか)、さくら(さくらあや)がいるから本当に心強い。

そうした心強い仲間だけではなく、ジュリアのようなライバルの存在もプロレスラーにはとても重要です。『こいつだったら何をしてもいいし、何をされてもいい』『どこまでも殴り合える』と思える相手がいるかいないかでは、プロレスラーの人生は180度変わってしまう。

私はライバルがいたから強くなれました。ライバルを含めて周りの人に恵まれたことがここまで来れた理由かなと思います」

2023年4月にはスターダム最強の証である赤いベルトも奪取し、一時期はスターダム史上2人目の赤白2冠王者にも輝いた。

2023年10月には、赤いベルトの防衛戦で左ヒザの内側副じん帯損傷により長期欠場を余儀なくされ、結果的にベルトを返上するも、その年の東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞「女子プロレス大賞」を受賞した。

中野が順調にキャリアを重ねるなか、今度はスターダム自体に危機が訪れる。

憧れの岩谷麻優と同じ目線に立って、分裂騒動の危機を乗り越えた

約4ヵ月の長期欠場から復帰した2024年2月。スターダムの創設者による分裂騒動が勃発。その時に、選手のなかでいち早くスターダムへの残留を宣言したのが中野たむだった。

「私が復帰したその日に分裂騒動が起こってしまって『やっと復帰したのにどうすんだよ』という感じで。でも、自分の不安よりも『まずファンや選手を安心させないと』と思って意思表明しました。

私が最初に『スターダムに残って守る』と宣言すれば、安心してくれる人もいるだろうと。一度引退を考えたこともあるけれど、周りの人に恵まれたから『頂点のベルト(赤いベルト)を獲ろう』と思えるようになれたし、スターダムに恩返しするために復帰したところもあるので、とにかく『スターダムを私が守りたい』と思う気持ちが強かったですね」

結果的にスターダムから新団体への移籍は5選手にとどまった。

中野たむは憧れの岩谷麻優と同じ目線に立とうとして、ユニットを結成してからトップレスラーへの道をたどるようになった。

スターダムの頂点である赤白2冠王者を達成したのも、自分のユニットからメンバーが独立して新ユニットを結成するのも、女子プロレス大賞を受賞するのも、そのまま憧れである岩谷と同じ道をたどっているかのようだ。この時もスターダムのアイコンである岩谷と同じ目線で団体を守ろうとしたのだろう。

女子プロレスラー・中野たむ

プロレスラーとしての醍醐味とは

最後に、これまでの半生を振り返って、プロレスラーとしての醍醐味が何かを尋ねたところ、「選手とファンが同じ夢を見て、一緒に叶えていけること、一緒に戦えること」だと中野は語った。

「ファンの方がいなかったら、私はもうとっくにくじけてたと思う。私がベルトを獲ったり試合に勝ったりすることで『明日のテスト頑張れる』『就活頑張れた』みたいに、誰かの生きる希望になれていること。それ自体が私の生きる意味であり、生きててよかったなって本当に思えるんですよね」

この部分だけ聞くと、まるでアイドルとしての醍醐味を尋ねた回答かのように聞こえる。「はい、アイドルとプロレスラーは一緒です。体が痛いか痛くないかの違いしかない」と笑って答えた。

中野たむの人生を変えたジュリアとの髪切りマッチが行われた場所は日本武道館。そこはかつて地下アイドル時代にファンと約束しながらも諦めていた場所だった。その聖地でメインイベントを行い、心のどこかで諦めていたシングルベルトを獲得した。

宇宙一かわいいアイドルレスラーの異名を持つ中野たむのなかでは、アイドルとプロレスラーが違和感なく共存している。

TEXT=山崎マサル

PHOTOGRAPH=彦坂栄治

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