ビジネスは闘いだ。百戦錬磨の男たちは何を心の拠り所としてきたのだろうか――。9人の勝負師のパワーアイテムから、仕事との向き合い方を知る。今回は、ヘラルボニー代表取締役/Co-CEOの松田崇弥氏に話を聞いた。【特集 勝ち運アイテム】
自身の原点となる名刺をお守り代わりに持ち歩く
「自分の人生を変える相手を見つけたら、その人に渡してください――そんな説明とともに、教授の薫堂さんから大学の1年生全員に、ひとりにつき100枚の名刺の束が贈られました。10代で名刺を持てたこと自体がとにかく嬉しくて、渡し方の作法もろくに知らないまま、大人の方に会うたびお渡ししていきました」
学生時代の思い出を懐かしそうに語るのは、知的障害のある作家によるアート作品のⅠPビジネスを展開するヘラルボニーCo-CEOの松田崇弥氏。
岩手県生まれの松田氏が通っていたのは、東北芸術工科大学デザイン工学部企画構想学科。薫堂教授とは無論、放送作家の小山薫堂氏のこと。小山氏はこの学科の立ち上げに深く関わり、7年間教鞭をとった。松田氏はその2期生として薫陶を受けたのだった。
在学中の松田氏は、イベント運営を多数手がけたりと、「企画」を実践的に学ぶ。その過程で名刺を90枚ほど配り終え、卒業の時期となった。
就職先に選んだのは、小山氏が代表を務める企画会社、オレンジ・アンド・パートナーズだった。
「在学中から憧れの人で、僕の考える『かっこいい大人』を体現しているのが、薫堂さんでした。ぜひ傍らで仕事したいと切望したのです」
松田さんにとって「自分の人生を変える相手」は、100枚の名刺を贈ってくれた小山薫堂その人だったのだ。
オレンジ・アンド・パートナーズで仕事に邁進した松田氏は、27歳で独立してヘラルボニーを創業。6年目の2024年にはLVMHが設立した世界の革新的なスタートアップを評価するアワードで部門賞を受賞し、海外展開もスタートするなど、ヘラルボニーは今、大きな注目を集める企業に急成長をとげた。そして、あの名刺も、人生とビジネスにおける「ここぞ」というタイミングで、実際に大切に用いられてきたという。
「近々では、カルチュア・コンビニエンス・クラブを築き上げた増田宗昭さんにお会いした機会に1枚お渡ししました。これであと数枚しかありませんが、使い切ることはしないつもりです。少なくとも1枚は手元に置きたい。いつも身につけていたいパワーアイテムですから」
松田氏にとってこの名刺は、人生の師との関係がスタートした記念の品であり、自分の原点を思いださせてくれるのだ。
師匠から教わった謙虚でいることの意味
「ヘラルボニーが企業姿勢として掲げるバリューは『誠実謙虚』。これはかつて薫堂さんからいただいた言葉が元になっています。新入社員時代、何もできなくて怒られっぱなしだった僕は、せめて年初の挨拶だけは誰よりも早くしようと、大晦日に薫堂さんへ『今後もお願いします』とメッセージを送りました」
すると元旦に返信が届いた。
「『若い頃はどれだけそのことができるかより、どれだけそのことを命がけでやっているかが評価の対象になります。誰よりも謙虚な人になりなさい。謙虚であればたくさんの人が知恵や情報を授けてくれます。我がゼミ生で一番の出世頭になってください』とありました。胸に響きましたね。ここから誠実謙虚という言葉を抽出して、我が身と会社の指針にしたのです」
人生を変えた大切な人との関係を象徴する、一生もののアイテムがこの名刺だ。松田氏は、ヘラルボニーで商品化しているカードケースに忍ばせ、常に持ち歩いている。
POWER ITEM 1|薫堂教授から贈られた100枚の名刺
POWER ITEM 2|薫堂教授が乗っていたポルシェのミラーと生まれ年のワイン
TAKAYA MATSUDA Steps in History
19歳|東北芸術工科大学入学、小山薫堂教授に師事
23歳|オレンジ・アンド・パートナーズ入社、プランナーとして仕事に携わる
27歳|本社を岩手県盛岡市に置き、起業
33歳|パリに子会社「HERALBONY EUROPE」を設立。海外展開をスタート
この記事はGOETHE 2025年2月号「総力特集:仕事を極めたトップランナーたちの勝ち運アイテム」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら