ビジネスは闘いだ。百戦錬磨の男たちは何を心の拠り所としてきたのだろうか――。9人の勝負師のパワーアイテムから、仕事との向き合い方を知る。今回は、ディップ代表取締役社長 兼 CEOの冨田英揮氏に話を聞いた。【特集 勝ち運アイテム】
「ピンチはチャンス」。信念が手繰り寄せた出合い
「自分は運がいい、そう思うことにしているのです」
総合求人サイト「はたらこねっと」やアルバイト求人サイト「バイトル」などを運営するディップの代表取締役社長兼CEOの冨田英揮氏はそう言って左腕につけた時計を見つめる。2013年に東証一部上場の記念に購入したパテック フィリップの腕時計だ。
「銀座を散歩していた時に入った時計店で見つけたものです。特にこの『ノーチラス アニュアルカレンダー』は、なかなか出合えない希少な1本。ショーケースに並ぶ時計を見るなかで、たまたま目に止まったのがこの時計でした。そういうものに出合えるなんて、やっぱり自分は運がいい、買うしかないと思って迷わず購入しました」
運がいい自分に悪いことなど起きるはずない。ピンチに思える事態でも、それはチャンスであるはずだ。そう信じることで冨田氏は数多の難局を成長の糧にしてきた。そもそも冨田氏が1997年に起業をしたのも、英会話スクールを運営していた父の自己破産がきっかけだった。
「それまでは父の跡を継げばいいか、くらいの考えでした。けれどスクールの売却先を自分で探しながら、生徒募集の広告について考えていくうちに、情報端末を使ったカタログ送付のアイデアを思いついたのです」
そのアイデアをもとにディップを起業、首都圏のコンビニに端末を設置しアクセスした人にカタログを送付するサービスを展開した。その後はそのノウハウを使い、求人サイト「はたらこねっと」「バイトル」をローンチ。今や当たり前になっている求人サイトの先駆けとなった。
「その後もピンチはやってきます。2008年にリーマンショックで求人広告が軒並みなくなったのは大きかった。でも厳しい時こそ、ユーザーと社員たちの望むことをしようと」
そう決めた冨田氏は、リーマンショックの際に社員全員に自社の株式を譲渡。その金額は現在の株価にして約40億円になる。
「人にしてもらいたいと思うことを自分がする。苦しい時だからこそ、働く人にモチベーションを持ってもらいたい。失業者が世に溢れていたその時期、求人広告がどれほど希望になるのか社会的使命と責任を、改めて社員と共有したつもりです」
人材サービスや広告業界が不振にあえぐなか、ディップはシェアを拡大。2013年には東証一部上場を果たす。ピンチをチャンスに変えた瞬間だった。
働く人のモチベーションを自腹を切ってでも上げる
現在、冨田氏は、「スポットバイトル」という短時間の単発バイトサービスでの新しい勝負を始めている。隙間時間に仕事ができ、店舗や企業側も慢性的な人手不足を解消できる。このサービスにも冨田氏の、働く人を想う気持ちが込められている。
「評価を受けたワーカーに、当社が時給に上乗せしたボーナスをお支払いします。私たちはこれまで、求人企業に時給アップをお願いしてきました。それがどれほど苦しいことかわかりつつ、無理を承知でお願いしてきた。そんな私たちが、自腹を切ってワーカーの方に支払うことで、一貫性を企業側にも示せる。働く人のモチベーションを私たちは上げ続けたいのです」
冨田氏はこのサービスがどう機能するのか、実際に短時間のスポットバイトを行い、身をもって調査もした。
「スポットバイトのジャンルで当社が一番を取れるのか、なんでもして勝負をかけないとならないし、運も必要です」
そう笑う冨田氏の手首には、幸運の象徴の時計がきらりと輝いていた。
POWER ITEM 1|パテック フィリップのノーチラス
POWER ITEM 2|ヴァン クリーフ&アーペルの結婚指輪
HIDEKI TOMITA Steps in History
30歳|ディップ創業。端末にアクセスした人が希望のカタログを受け取れるシステムをコンビニに導入
35歳|アルバイト求人サイトをローンチ。格闘技イベントでのスポンサー枠に出すため、名前を「バトル」とかけて「バイトル」に
47歳|東証一部上場
58歳|「スポットバイトル」サービス開始
この記事はGOETHE 2025年2月号「総力特集:仕事を極めたトップランナーたちの勝ち運アイテム」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら