常勝軍団、青森山田高校からFC町田ゼルビアの監督に転じ、わずか1年でJ2からJ1に昇格、そして2024年J1での大躍進させた名将、黒田剛監督。著書『勝つ、ではなく、負けない。』の刊行記念トークイベントで太田宏介氏と対談した連載6回目。【連載をすべて読む】
“伝える者”が大事にすべきはタイミング
太田 選手やスタッフにメッセージを伝えるにあたって、黒田さんが気をつけていることや意識していることってありますか?
黒田 宏介は(現役時代に)どう感じていた?
太田 今までチームミーティングは基本的に楽しくないものという認識がありました。選手への指摘をはじめ、監督から注意される場所なので(笑)。でも、黒田さんは、まず話がおもしろい。目標設定ひとつとっても、「今自分たちはこういう状況にあって、もしも次の試合に負けたらこうなるぞ」という言語化能力がずば抜けていて、シンプルにおもしろいなって、ずっと思っていたんですよね。それは、僕だけでなく、若い選手も含めてみんながそうだったと思います。
ミーティングで黒田さんの発する言葉に、みんなが釘付けになっていて、みんながその気にさせられた。それって、なかなかできることじゃないし、黒田さんの一番のストロングポイントじゃないかと、僕はそう思って見ていましたね。
黒田 教員をやってきて、いろんな場面で話をしてきたからだとは思うけれど、遡って考えると、自分が高校や大学時代に、監督とのミーティングで「こんな風に説明してくれたらもっとわかりやすいのに」とか、「なぜ、あの話をしてくれないんだろう」と感じてきたのがベースになっているのかもしれないですね。メッセージとは、「伝えたい」という自分の一方的な意思ではなく、聞きたい人にとって有効な時間になることが大切なのです。
だから、「聞きたい人のタイミングはいつなんだろう」「どんな言葉を聞きたいんだろう」と、聞きたい人の感覚から推測していくのが、すごく重要だと思っていて。耳がこちらに向いていない、心が聞こうとしていない時に、いくらいい言葉をかけても、それは入っていかないから。
指導者の中には、「いつもこう言っているだろ!」「それ昨日も説明しただろ!」という言い方をするリーダーもいますが、それって、結局自分のタイミングで、自分の言いたいことを、一方的に伝えているだけで、聞いている側は別の感覚を持っているってことをまず考えないといけないと思います。
例え話をするとね、私は中学で副校長をしていた時に、小学生向けに生徒募集用パンフレットの制作もやっていたんです。ついでにいうと、制服のデザイン、(元プロフィギュアスケーターの)本田真凛ちゃん、望結ちゃんが着ていた、あのかわいい制服のデザインもね(笑)。
で、パンフレットは6月くらいから配布するんだけど、いつも、「どうしてそのタイミングで出したいの?」と思っていて。6月は、みんな新しいクラスに少し馴染みはじめ、やっと楽しく学校生活を送れるようになってきたタイミングで、中学進学のことなんてほとんど考えていない。そんなタイミングで大量にパンフレットを配っても、「見たい」と思えるタイミングではないと思うのです。それより、夏休みが過ぎて、「そろそろ進学について真剣に考えなくちゃ」という時に、最適なキャッチフレーズや魅力、情報を掲載したものを効率よく出した方が効果があると感じてしまうんですよね。
「釣り」を例にとると、魚のお腹がすいていない時間に、竿を投げ、糸を垂らしても魚は釣れませんよね。それと同じで、餌を欲するタイミングを見計らった方がよく釣れるでしょう。まさに「伝える」ということも、良きタイミングに効果的な言葉を出していくことが大事なんです。それが、“伝える者”が一番大切にしていかないといけないポイントなんじゃないかなと思っています。
マイナスの感情に人は心を動かされる
太田 黒田さんは、アメとムチの使い方がすごくうまいですよね。
ちょうど1年前のブラウブリッツ秋田、アウェー戦は、チームとしても絶対に勝たなきゃいけない一戦で、先制したのに、追いつかれてしまった。
失点して、チームの雰囲気が落ちていった時って、ほとんどの監督が、自信を持たせるためにポジティブな声掛けをすると思うんですけど、2対1と逆転して迎えたハーフタイムで、黒田さんは、もうムチムチ、ムチくらい厳しい言葉をかけて、ロッカールームの空気感を引き締めてくれたんですよね。苦しい中で厳しい言葉をかけられたことで、「もっとやらなきゃいけない」「この試合を落としたらヤバイ」という感覚にさせられたこと、今でも覚えています。おかげで残り45分、ものすごいいいゲームができて、この試合を含め、5連勝することができました。
このアメとムチの使い分け、タイミングの見極め方はすごいなと。
黒田 不安な時に、根拠なく「自信を持て」と言われても、不安は解消されないと思うんです。自信がないから、不安になっているわけだし。だから、そういう絵にかいた餅というか、漠然とした根拠のない導き方は嫌いなんですね。
この試合で負けたら、失うものはどんなものなのか。たとえば、家に帰った時に奥さんが涙を流す顔だったり、子供の「お父さん、勝てなかったね」というさびしそうな顔を思い出したりね、そういう「失うものがあるんだ」と思う方が、「絶対にやってやる」という気持ちになれると思うんですよ。
前に話した通り、僕は30年間教師をやってきたけれど、時代は変われど、変わらないのは「感情」。それも、悲劇的なマイナスの感情の方に、人は心を動かされるんです。「悔しくないのか」とか「ダメだ」という言葉をかけるといった単純なことではなくて、もっと頭と心に呼びかけるように、その悲劇をちょっと煽るというのかな。それが、今の世代の選手たちをマネジメントするには、すごく有効ではないかと、経験上実感しています。