『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。宮内義彦対談の5回目。
若い人を大事にする
宮内 年を取って寂しいのは、周りの人、友だちとかね、ものすごく減っていくことです。
和田 そうでしょうね。
宮内 ですから、どんどん若い方ともお付き合いしてます。若いと言っても、私より10歳くらい下の人からということですが。
和田 実は、そうやって若い人を大事にすることは、宮内さん自身のためでもあるんです。
宮内 なるほど。
和田 僕がかつて勤めていた高齢者専門の浴風会病院は、入院患者の平均年齢が85歳ぐらいでした。もともと皇室の御下賜金(ごかしきん)でつくった病院なので、元大臣や元社長、元教授などの”おエライさん”も結構、入院してました。そこで実感したのは、若い人を大事にする人のほうが晩年も愛されて幸せそうなこと。しかも元気で長生きです。
宮内 そうですか。
和田 下の人に偉そうにしてる人ってお見舞いがあんまり来ないんです。ところが、下の人を可愛がってた人は、かなりボケているのにお見舞いが絶えなかったりします。
宮内 じゃあ、もっと大事にしなければいけませんね(笑)。
和田 宮内さんのような名を馳せた人だけじゃなく、一般の人も同じだと思います。誰かの話を聞いたり、困り事に手を貸したり、自分の失敗談を含めて経験を話したりする。そういうことも若い人への優しさです。まさに宮内さんが今やっていることです。
明日のことはわからない
宮内 話は変わりますが、私の家内は、先生のご本の大変な愛読者で、盛んに読んでますよ。
和田 うれしいですね。私が本を書くのは、高齢期の現実や高齢医療の見直すべき点を伝えて、少しでもよくしたいからです。日本の医者は自信満々に高齢の患者さんに「こうしろ」と命令しますよね。でも本当にそれが正しいのか、私は疑問です。例えば宮内さんは89歳ですが、90歳はまだ経験してない。未知の領域なんです。
宮内 おっしゃる通りです。
和田 高齢者は、日々知らない世界に入っていくわけです。明日がわからないのが高齢期の特徴です。それは医者だって同じで、本当はわからないんです。もし、僕に唯一の取り柄があるとすれば、高齢者専門の医者としてたくさんの方を診てきたという経験です。読者はそんな私の経験を評価し、本を読んでくださるのだと思います。
宮内 確かに、明日のことは私もわかりません。しかしやっぱり、生きてることはおもしろいですよ。極めておもしろい。
和田 素晴らしいですね。高齢者も含め、たくさんの方に聞いてほしい言葉です。
宮内 本当、おもしろいことはたくさんあるなと思って生きていますよ。
全部がすごい人はいない
和田 ところで、宮内さんには「この人は魅力的だな」とか「見習いたいな」などと思う人はいますか?
宮内 いやあ…。例えば「松下幸之助は経営の神様」と言われますが、私は神様だと思ったことはありません。もちろん松下幸之助さんは優れた経営者で、ある時はグレートだったと思うんです。でも、そうでないときもある。どんな経営者もそうですよ。ですから一生この人の全部がすごいな、という方は思いつきません。
和田 さすがですね。日本人の多くは、ある人の信者になっちゃうと、なんでもかんでもよく見えて、悪い所が見えなくなってしまいます。
宮内 初めから終わりまですごいというのは、やっぱりこれは神様でしょうな(笑)。
和田 その通りだと思います。
宮内 人間っていうのは、そうはいかんですね。
教育が大事
和田 宮内さんは、多方面から社会貢献もされています。どんな思いがあるのですか?
宮内 そんな立派なことはやってませんけれど。何かお役に立つことをしたいとずっと思っていて、財団も創設しました。今は教育関係への思いが強いですね。学生から「講義に来てほしい」と頼まれたら行くとか、そういう協力をさせていただいてます。役に立ってるのかは、よくわからないですけど(笑)。やはりまずは教育だと思うんです。
和田 同感です。日本の教育について、世間的には「受験勉強が悪い」と言われています。だけど僕は、大学に入ってからや社会人になってからの教育がボロボロだと思うんです。
宮内 そう思います。私も大昔に留学経験をしましたが、例えば学業成績が悪いと留年ではなく放校。ですから卒業生は品質保証があるのです。これは医師免許と同じ。しかし日本では入学時の学業のみが社会に通用する不思議な制度なのです。
和田 僕は医者なので、一番気になるのは医学教育です。例えば「医学部に秀才ばかり入ってきてつまらん」という批判もありますが、それよりも医学部に入ってからの教育が問題です。
宮内 興味深いですね。
和田 僕はアメリカで「精神医学校」という精神科医の養成学校に行きました。そこで「アメリカの教官って教えるのがうまいな」と実感したんです。ディスカッション形式で反論させたり、いろいろな職種の人と話をさせたりして、視野や思考の幅を広げてくれるんです。
宮内 知識偏重ではない。
和田 はい。日本だと教授の知ってることだけを教える。
宮内 なるほど。
和田 例えば、今の診断基準が未来永劫続くわけがないのに、ずっとそこに留まっている。その結果「血圧高けりゃ○○剤」とか「血糖値高けりゃ○○薬」という“モグラ叩き”のような医療になる。ちょっと考えれば「薬の数が増えたら副作用も増えるはず」とかわかるのに改めようとしない。
宮内 停滞してしまいますね。
和田 はい。これは「医学は進歩している」とか「進歩するものだ」という前提で教えてないからです。
宮内 なるほど。
和田 100歳以上の人を調べた実態研究があるんですね。この調査では「血圧は高めの人のほうが長生きしている」という事実がわかりました。しかし医師たちは、それを一切無視して一律に降圧剤を処方しています。
宮内 変えようとしない。
和田 はい。本来、教育は、理論半分、実践半分ぐらいでちょうどいい。だけど、日本では理論が9割です。医学はとくにそうで、教授の教えが絶対です。
宮内 そうかもしれませんね。
和田 だから宮内さんのように、自ら実践した経験を教えられる人は貴重だと思います。養老孟司先生は「世の中、理屈どおりじゃないからね」と口癖のようにおっしゃいますが、大学の先生にこそ聞いてほしいですね。
宮内 私も大学教育が問題だと思ってるんですよ。日本の大学は、先生のための大学になってしまっています。18歳から22歳の若者が大学でどう過ごすかは社会の将来を決めます。今のように楽しく多岐にわたる活動をしながらそこそこ学ぶということでは将来が暗い。世界の多くの若者は、もっと必死に学業中心に生活しているのです。
和田 本当にその通りです。
宮内 なんとか日本の大学を変えたいなと思って、いろいろ運動してるんですけど、全然変わりません。
和田 どんな世界でも、既得権があると、変わってくれないんですよね。
※6回目に続く