2015年、ギターの名門ブランド、フェンダーはCEO(最高経営責任者)にアンディ・ムーニーさんを招いた。その後年間売上は倍増。4億ドル(約587億円)からスタートし、10億ドル(約1467億円)に迫ろうとしている。アンディさんは成果を上げている理由を2つ挙げた。1つ目は、ナイキやディズニー・コンシューマー・プロダクツでCFO(最高財務責任者)やCMO(最高マーケティング責任者)として働いた経験をいかしたこと。もう1つは、ギターへ愛情と情熱。彼は、若いころ、プロのギタリストを目指していた。しかし、プロへの道は狭い。スポーツ・ブランドのナイキに入るときに、ギタリストとしての将来はきっぱりとあきらめた。【前編はコチラ】
フェンダーCEOのギター・ヒーローはディープ・パープルのリッチー・ブラックモア
「ナイキにいたころには実際にナイキのシューズをはいて走り、歩き、マラソン大会に脚を運んでランナーの意見を集めたことはお話しましたよね。自社の製品を深く知るためです。しかし、フェンダーでは、そのような努力をする必要はありませんでした。というのも、私はすでにギターを十分に体験していたからです。フェンダーの経営に携わる以前から、私は30本を超えるフェンダーのギターを持ち、演奏していました」
現在も100本を超えるフェンダーのギターを所持している。
「ストラトキャスターもテレキャスターもジャガーも持っています。フェンダーは、子どものころから私の憧れのブランドでしたから。楽器は生きものです。100本あれば、100本すべてが違います。同じストラトでも1954年製と1955年製では、まったく異なる響きです。自宅ではそれぞれの違いを楽しみながら弾いています」
若いころのアンディさんのヒーローは、ディープ・パープルやレインボーのギタリスト、リッチー・ブラックモアだという。
「1度聴いたら一生忘れないようなリフ。ときにバロックを感じさせる奏法。そしてショーマンシップ。私がなりたいギタリストの象徴でした。ディープ・パープル時代の『ブラック・ナイト』や『チャイルド・イン・タイム』は名演奏だと思います。そのリッチー・ブラックモアさんが愛用していたのはフェンダーのストラトキャスターです。ブラックのボディで、ピックアップ(マイク)周辺はくっきりとホワイトでした。私も10代の頃に同じデザインのストラトを手に入れています」
一方、テレキャスターを愛用するギタリストでは、デイヴ・リー・ロスやロッド・スチュワートのバンドで活躍したジョン5がお気に入りだという。
「ヘヴィーメタルでの演奏が人気ですが、カントリー・ミュージックでも素晴らしいギターを弾きます。オールマイティなプレイヤーです。彼のテレキャスはシグネチャーモデル。ボディもネックも特別で、ホワイトにカラーリングしています。彼はLA在住。自宅が近いので頻繁に会い、ギターの話をするのが楽しみです。毎年新しいモデルのテレキャスを購入してくれています」
Fコードを押さえるハードルを越えると新しいギターの景色が見えてくる
意外なことに、フェンダーの歴代のCEOのなかで本格的にギターを弾いていたキャリアを持つのはアンディさんが初めて。経営者でありユーザーでもある経験を経営に存分に生かしている。
「子どものころからギターを弾いてきた体験は、フェンダーのCEOとしてさまざまなジャッジをするのにとても役に立っています。マーケット・リサーチで、10人に9人がギターで挫折をしているという事実が判明したときも、その状況をリアルに理解できました。最初にアコースティック・ギターを持つと、硬いスティール弦を押さえることに苦しみます。そのリスクがわかるのです」
アンディさんが初めてギターを手にしたのは小学生のときだった。
「8歳か9歳のころに、アコースティック・ギターを手にしました。ただし、硬いスティール弦ではなく、やわらかく弾きやすいナイロン弦のスパニッシュ・ギターです。アコギをエレキ・ギターに持ち替えたのは10代になってからでした。女性にモテたい年頃になり、その願望からエレキでロックを演奏するようになりました(笑)」
10代後半から20代にかけては、ギターを教える仕事も経験した。
「女性にもギターのレッスンを施しました。彼女たちは初心者。多くがスティール弦のアコギ、あるいは12弦ギターを弾いていました。親がエレキよりもアコギを弾かせたがったからです。ギターにはFというコードがあります。
この音を出すには、人差し指1本ですべての弦を押さえなくてはいけません。手が小さく筋力の弱い女性にとって、Fコードは最初の試練です。この段階で多くの私の生徒たちがギターを演奏することをあきらめていきました。ただし、Fの難関を突破すると、音楽の景色が一気に広がります」
ギターを弾き、ギターを教えていた体験が、弾きやすいショート・スケールの展開や、オンラインのギターレッスン「Fender Play」の実現につながっている。
世界的ロック・ギタリストたちがナッシュビルのフェンダーに集結
フェンダーのCEOというポジションは、アンディさんにとって、まさしく天職なのだろう。
「以前別のインタビューでもリッチー・ブラックモアさんが自分のヒーローだと話したことがあります。すると、ほどなく本人から自筆の礼状が届きました。あのときの感激は忘れられません。ほかにもポール・マッカートニーさんや、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジさんなど、私のロック・ヒーローたちにもお目にかかれました」
8月にアメリカ、テネシー州ナッシュビルに開設したアーティストセンターのオープニングには、世界的ギタリストが終結した。
「ジャック・ホワイトさん、ZZトップのビリー・ギボンズさん、フー・ファイターズのクリス・シフレットさん……。自分の目を疑うような光景でした。しかも、彼らはフェンダーのギターを手に取り、やがてジャム・セッションが始まったのです。夢を見ているのかと思いました。実際にフェンダーCEOは、私にとっては夢のような仕事。この幸運をビジネスにきちんと反映させていきたいです」
エレキとアコギの音を生む新ギター、アコスタソニックは日本市場の起爆剤になるか?
フェンダーは日本のマーケットにも力を入れている。東京・原宿の明治通り沿いには世界初の旗艦店Fender Flagship Tokyoを2023年6月にオープン。人気モデルからカスタム・モデルまで展開している。
「日本にも、アイバニーズやヤマハなど、すぐれた楽器ブランドがあります。私たちは彼らと競合していかなくてはなりません。私の分析では、アイバニーズはヘヴィなサウンドで、アメリカのブランドではおそらくジャクソンと競うと考えています。ジャクソンは自社の傘下ブランドですが非常に速いスピードで成長しています。一方ヤマハは、アコギのマーケットでの強さが目立っています。そこで私たちフェンダーは、ヤマハとは異なる発想でブランドの差別化をはかろうとしています」
その結果生み出されたのが、アコスタソニックという新ギター。
「幅広いアコースティックとエレクトリックのトーン、そしてそれらを融合した音を出せるギターです。エフェクト・ペダルを使ってもハウリングを起こすことのない画期的なギターです。ただ、危惧していることはあります。ギター弾きには、新しいものや変化を好まない傾向があるんですよ。今後アコスタソニックをどう展開していけるか、市場をうかがっているところです」
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