2020年、「レストラン KEI」のシェフとして、アジア人で初めてフランス版ミシュランガイドの三つ星を取得。以降も三つ星をキープしながら、ここ数年では、日本でコラボレーションする店舗も増やしている。一流のシェフでありながら、経営的手腕ものぞかせる小林圭さん。一方、2024年冬に公開予定の映画『グランメゾン・パリ』の料理監修も務めるなどの活躍も。多方面に精力的に活躍する仕事人としての姿に迫る。
「嬉しいことは1%、苦しいことが99%」
現在、フランス版ミシュランガイドで三つ星のレストランは30軒。フレンチの本場において「レストランKEI」は、いわばトップ30のグループにいることは間違いないだろう。“富士山の頂上ではなく、エベレストの頂上を目指す”と、小林圭さんは常々口にしている。
「パリの三つ星は魔物です」
彼が目指すのは世界一ではあるが、それは“誰もが認める世界一”になってこそだという。だからこそ、三つ星というのは小林さんのなかであくまでも「通過点」に違いない。
「自分ではまだ何も乗り越えていないし、まだ何も成し遂げてない。僕ら料理人の仕事って、実は後悔ばかりなんです。苦しいことばかり。嬉しいことは1%、苦しいことが99%。いい職業とはいえないですよ(笑)」
料理が完成した瞬間は、“これが最高”だと判断しても、その刹那に頭をよぎるのは、次のこと。今に安住せず、常に先のことを考え続ける小林さんの姿勢には、驚嘆するものがある。
そのためにも小林さんが心がけるのは、ポジティブな精神。何かを学び取ろうという野心だ。
「私は飲み会には行きません。なぜならば、お酒を飲むことが目的の飲み会って、話の内容がほとんど愚痴や思い出話になっちゃうじゃないですか。そうした後ろ向きの姿勢は、自分にとっては不要です」
小林さんが10代で料理の世界に飛び込んだ時、師匠から飲み会には行かないことを課されたそうだが、今もそうした教えが身に染みているのだろう。
「一方で、他の業種のプロフェッショナルの方々とご一緒できる機会には、よく足を運んでいます。そういった場はいい出会いが多いですね。自分の知らない世界からは、必ず学びがある。新しい出会いが、新しい発見を生む。いい出会いは、人を育てる。そう私は思っています」
働く仲間たちの貴重な時間をいいカタチで返していきたい
パリで「レストラン KEI」の厨房に立つ一方で、日本でも小林さんがディレクションを手がける店舗が、次々とオープンしている。
「エリタージュ by KEI」「メゾンKEI」「エスプリ C KEI 銀座」「サン・ルイ バー by KEI」「KEI コレクション PARIS」など、それぞれが多彩なコンセプトのもとで小林さんの世界観を表現している。このコラボレーションへの思いとは。
「KEIというひとつのブランドを確立していきたいという思いが強いです。例えばエルメスというメゾンがありますが、その中心にはオートクチュールやレザー、シルクスカーフがある。そして周辺にはフレグランスがあり、コスメがある。そのすべてが、エルメスをメゾンたらしめる重要な要素です。
KEIで言うなら、今はパリの『レストラン KEI』を中心とした“ブランドKEI”をつくり上げている最中。展開している日本の店舗も、ひとつとして同じ店はありません。でも、そのすべてがKEIにとっては必要なものです。だから、みなさんとコラボレーションさせていただいています。
ただ、あくまでコラボレーションなので、それぞれの店舗はシェフたちのものです。自分のレストランならば、すべて自分ごとで考える。小林圭のルセット(レシピ)を送って、“これ作ってください”では意味がありません。彼らがやりたいことを存分にやってもらったほうが、成長できると思うんです」
コラボレーションという言葉を多用していた小林さんからは、自分をトップにしたトップダウンというよりも、協業し合う横並びの関係を強く意識していることがよくわかる。
「ブランドがグループになっていくことには、人材育成の面でメリットがあります。グループ内にレストランが複数あれば人材の行き来ができるし、そこでより技術を高めていける。メンバーの大事な時間をKEIが預かるわけですから、それをいいカタチで返すのも、私の責務。彼らが成長できるような場所をつくりたいんです」
一流の料理人でありながら、人材のことにまで目を配る経営者としての目線も備わっている。こうした発想は、世界で最も著名なシェフのひとり、アラン・デュカスさんのもとで働いたことが大きいのだという。
「正直、アラン・デュカスみたいになりたいとは思いません(笑)。ただ、自分は自分のやり方で彼のような唯一無二の世界観をつくり上げたい。そして、憧れられる存在になりたい、ということは強く思いました」
刺激になった、木村拓哉や鈴木京香のプロとしての姿
木村拓哉さんや鈴木京香さんたちがメインキャストを務めるドラマ『グランメゾン東京』の劇場版映画『グランメゾン・パリ』が2024年冬に公開されるが、小林さんはこの料理監修も担当した。ストーリーは東京で三つ星を獲得した主人公たちが、パリでの三つ星を目指すストーリーだ。
「私は、この職業をもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。先ほども言いましたけど、この世界は辛くてキツいことがほとんど。けれど、1%の喜びのためにどんなことも頑張れるし、それを伝えたいからこそ、映画の監修を引き受けたという面もあります」
映画という新たな世界に触れた結果、小林さん自身にとっても大きな刺激があったという。
「木村拓哉さんや鈴木京香さんといった一流の俳優さんたちが、本気で演技に向き合う姿勢には心打たれました。何より勉強家だなと。特に印象的だったのは、私の手元を使って撮影したシーンの日。演者の方々は出演しないのでパリで観光するなり、ホテルで休むなりしていいんです。
けれど、木村さんや京香さんは、撮影を見に来ました。それも、何かを学び取ろうと本当に真剣に見てるんです。彼らはそうした姿勢を常に持っているから、生き馬の目を抜く芸能界で長いこと一線を走っているんでしょうね」
「三つ星を取ったからOK、ではない」
現状に満足せず、歩みを止めない小林さん。その向かう先には何があるのだろうか。
「パリの『レストラン KEI」を世界一のレストラン、もっといえば“世界一の劇場”にすることです。三つ星を取ったからOKなんじゃなくて、三つ星を取ったからこそできることがある。そして、それを毎日続けていくことが大切なんです。
「お客さんに対して、最高のひと時を提供する。お客さんたちも他の色々な一流レストランを経て、また自分たちの店に戻ってきてくれる。それに私たちは刺激を受ける。こういうプラスのサイクルが、いいレストランを生みだすんじゃないでしょうか」
KEIがKEIであり続けるために、小林さんは絶えず前に進み続けている。