ソロ・アルバム『只者』をリリースすると、楽曲「Chateau Blanc」のMVを突然展開した稲葉浩志。演出はお笑いタレントで映画監督の品川ヒロシ。ブラックマヨネーズの小杉竜一とのダブル・キャスト。この意表を突くスタッフとキャスティングに稲葉いわく「どんな仕事でも絶対に熱量のある人と組むべき」。撮影現場のバックヤードについて、品川と熱く語り合う。前編。
大切な仕事は絶対に熱量のある人と一緒にやるべき
2024年7月25日東京、渋谷がざわめいた。稲葉浩志のソロ・アルバム『只者』のナンバー「Chateau Blanc」のMV(ミュージック・ビデオ)が大型複合施設、Shibuya Sakura Stage内のビジョンで公開されたのだ。
巨大なモニターでワイルドに歌う稲葉の姿に、皆が足を止めて、見惚れ、聴き惚れた。
この映像を演出したのはお笑いコンビ、品川庄司の品川ヒロシ。映画監督・脚本家として『OUT』や『リスタート』など、いくつもの作品を手がけている。
MVで稲葉は、跳ねるようなリズムに乗り、力強く歌う。映像はYouTubeでも配信され、日本中のリスナーもざわめいた。
稲葉浩志(以下・稲葉) 今回のMV、品川さんには急なお願いに対応していただきました。短期間で完成したこと、正直なところびっくりしています。
品川ヒロシ(以下・品川) 楽しい仕事でしたけれど、確かにタイトで、依頼され、選曲し、プランを考えて、撮影まで約2週間。通常の半分のスケジュールでした。なぜあのタイミングで映像をつくることに?
稲葉 レコーディングを終えて、すでに2曲、「BANTAM」「Stray Hearts」を配信リリースして、せっかくだからもう1曲映像をつくりたいな、と。その時に、品川さんを思いつきました。
品川 よろこびつつも、思わず「えっ、今からですか?」と聞いてしまいました。
稲葉 驚いて、でも快諾してくれましたよね。あの時の品川さんの熱量はすごかったです。
品川 そりゃあ、なんといっても稲葉さんの曲のMVですよ。もちろんやります。
稲葉 僕も品川さんにお声がけして、こういう人にお願いしたい、と改めて思いました。大切な仕事は絶対に熱量のある人と一緒にやるべきです。
品川 忙しいなか、スケジュールを割いて、稲葉さんが『只者』を聴かせてくれました。
稲葉 出来立ての『只者』の全12曲をバーッと聴いてもらって、純粋にインスピレーションで曲を選んでほしかったんです。
品川 発表前の新曲を稲葉さんのレクチャーで聴けるとは。贅沢な体験でした。あの段階では歌詞を見ずに、音に集中しました。ひととおり聴いた時に「このなかで撮りたい曲はありますか?」とおっしゃった。魅力を感じた曲はいくつもありました。ロックはかっこいいし、バラードも素敵でしたから。
稲葉 一曲にしぼるためにもう一度聴いていただきました。
品川 今度は曲のテイストやリズム感をより強く意識して聴きました。そして「Chateau Blanc」に決めたんです。「シャッター」のようなバラードにも心惹かれましたが、「Chateau Blanc」は映像がイメージできたんですよ。
最高の素材だからこそ手を加えないほうがいい
品川 稲葉さんとは2年くらいのお付き合いになるでしょうか。
稲葉 そのくらいだと思います。お目にかかったのは、共通の知り合いの紹介でした。
品川 イタリアン・レストランで食事をしたのが最初です。
稲葉 イタリアンでしたっけ? よく覚えていらっしゃる。
品川 実は、それ以前にニアミスはあったんですけれどね。
稲葉 えっ、どこでしたか?
品川 フジテレビです。僕はヘイヘイヘイ(HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP)の前説を担当していた時期があって、その期間にB’zの出演回があったんです。楽しみにしていましたが、B’zはスタジオ出演ではなく中継になり、会えませんでした。だから、初めて実物の稲葉さんにお目にかかった時は、本物だ! 実在するんだ! と。あの時、僕はまじまじと稲葉さんの顔を見てしまいました。
稲葉 それは大げさですよ。
品川 いえ、ほんとうにそんな感覚です。物語のなかの人だと思っていましたから。
稲葉 僕は品川さんと話して、頭のいい人だなあー、と感じましたよ。ちょっとした雑談でも、会話が理路整然としています。完璧に構成されているので、わかりやすいし面白い。
品川 ありがとうございます。その後は、中華、イタリアン、中華、イタリアン……とご一緒してきました。
稲葉 僕たち、たいがいはトレーニングの話をしていますよね。品川さんには最新のジム事情を教えてもらっています。マシンの知識などすごく詳しいので。
品川 そういうプライベートでのお付き合いが続いていたので、映像の素材としての稲葉さんとは、撮影したスタジオで初めて向き合いました。新鮮でした。
稲葉 今回素のままの僕を撮影していただいた気がしています。
品川 実際、ありのままの稲葉さんを強く意識しました。稲葉さんはNo.1ですから。CDの売上だって、ツアーの動員だって、人気だって、日本で最高峰です。そんな存在を撮影するので、僕がよけいな演出をする必要はないと思いました。料理でも、最高の食材が手に入ったら、凝った味つけはせずに、素材そのものをたっぷりと味わってほしい。ああいう感覚です。稲葉さんだったら、例えば服装は白Tシャツとデニムでも十分です。その思いから、構成を考えていきました。
稲葉 ありのままでいいと言っていただいて、気張らずに臨めましたから。
品川 ファンの方々が今までで一番稲葉浩志さんを見られるMVにすると僕は決めていました。稲葉さんの表情や動きを徹底的に見てもらう映像にしたら、稲葉ファン、B’zファンの人たちもよろこんでくれると思ったんです。MVにはアーティスト本人がまったく登場しない作品もありますよね。歌詞のイメージの映像に音楽が流れる。あのテイストとは真逆を目指しました。
途中で歌詞のストーリーにからめてパジャマ姿の男女のシーンをはさみましたが、あとはほぼ稲葉さんです。ずっと稲葉さんです。あのテイストにしてしまうと、短いスパンで一気に制作したことが、プラスになったと感じています。スピード感、勢い、迫力、エネルギーを感じる映像になりました。
「何かが違う」を意識して撮りました
稲葉 撮影では品川さんにすべてお任せして、特に僕からはリクエストしませんでした。
品川 撮影の日、僕、やっぱり気が張っていましたね。目の前に本気モードの稲葉さんがいるわけですから。でも、演出者の腰が引けていてはいい仕事にはなりません。「ここに立ってください」「目線はレンズで、歌ってください」「クレーンが寄ってくるので、そちらを見てください」と努めてはっきりと指示していきました。
すると、稲葉さんは本気モードで「はい!」「はい!」と返事してくれるんです。稲葉さんが、ですよ。こちらも気合いが入ります。改めて、すごい人だと思いました。食事の時とは別人の、プロフェッショナルの稲葉さんでした。
稲葉 当然でしょう。食事と、一緒に仕事をするのは、まったく別モノですから。
品川 撮影がスタートするとスイッチが入って、ドン! と最高のパフォーマンスを見せてくれた。すごかった。「カッコイイなあー」「カッコイイなあー」って、僕、レンズを覗きながらずっと独り言をくり返していました。稲葉さんという最高の素材を手がけるために、僕はレンズにはこだわり抜いたんですよ。
稲葉 完パケを見た時に、画質がきれいだなあ、と思いました。
――どんなレンズでしたか。
品川 65ミリです。特別なレンズではありませんが。クオリティは素晴らしい。主に映画の撮影で使っています。長くて、深度が浅いんですよ。このレンズを使って撮影すると、バックが少しぼやけます。
――「Chateau Blanc」のMVは白バックですね。
品川 はい。背景がないので、65ミリで撮っていることは、プロの目でないとわかりづらい。
稲葉 でも、何か違った質感を感じました。
品川 そうなんです。その「何か違う」というところを目指しているんです。わかっていただけて、嬉しいなあー。ワイドレンズで撮影した映像と比較するとはっきりとわかります。作り手としては「なんかいい」「雰囲気が違う」というのは最高の誉め言葉です。
――あのMVにいたるには、ヒントはあったんですか。
品川 打ち明けると、以前ビヨンセがやはり白バックで歌っている映像を観たことがあります。シンプルで、とてもきれいでした。どうやって撮影したのか知りたくて、いろいろ試しました。
稲葉 今はスマホで観る視聴者が多いでしょうね。
品川 それです。スマホで観た時に「何か違うぞ」と気づいてもらえる仕上がりを意識しました。実際に完パケはスマホの画面でもチェックしています。
後編に続く
稲葉浩志氏着用衣装:ベスト¥41,800、シャツ¥46,200、パンツ¥38,500、ブーツ¥79,200(すべてガラアーベント/サーディヴィジョンピーアール TEL:03-6427-9087)、その他スタイリスト私物
品川ヒロシ氏着用衣装:ジャケット¥24,200、Tシャツ¥6,930(ともに1PIU1UGUALE3 RELAX シフォン TEL:03-6666-4321)、パンツ¥38,500(ポリクアントcontact@74ltd.co.jp)、その他スタイリスト私物