放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。
「吉本NSC生って、東京と大阪で1300人でしょ? どんな評価や選定で即戦力を見つけてんの?」
某大手企業で育成リーダーをしている知人に聞かれたので、こう返しました。
「生徒の評価は自分だけで決めず、けっこう他の生徒の判断にゆだねてる。カーシェア、オフィスシェアみたいな感覚で“評価もシェア”してるんだ」
生徒が生徒を評価? 手抜き? 無謀じゃない? 読者のみなさんが感じているようなことを、知人にも言われました。
しかし、この一見ムチャな試みが、令和ロマンや空気階段ら賞レース王者のキャリアスタートの一助になっているんです。
一体“評価シェア”とはどんなものなのか? では今週も参りましょう。
始まりは「人材のドン・キホーテ」だった新人たち
芸人養成所では、メディアや寄席、さまざまな知見を持つ講師陣がネタを見て、それぞれの基準で有望株を見つけていきます。
なかには、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも登場した大先生もいらっしゃり、評価軸は「経験にもとづく目利き」「講師の感性」が主流です。
しかし、僕が着任した15年前は、最年少講師ということもあって“新しい風を吹かせてほしい”というタスクを与えられました。
「さあ、どんな授業や評価軸にしようか……?」
まずは、ネタを見る前に生徒たちのキャラクター性を探ることにしました。
すると、現役高校生もいれば60代の元校長先生もいる。ちょんまげ姿で暮らしている日本男児もいれば、漫才師になるために来日したアメリカ人もいる。
さらに、亡くなった夫の保険金で息子と入学してきた戦中生まれのマダムや、中学卒業までチンパンジーと能力をくらべる実験対象だった男まで、さながら人材のドン・キホーテのような多様な顔ぶれでした。
「彼らの面白さは、自分という“1つのものさし”じゃ測れないし、測っちゃダメだな」
あまりの人材の豊富さに、すぐに僕は「目利きによる評価」を捨て、誰もやってこなかった“評価シェア”へと舵を切っていったのです。
生徒が生徒を育てブレイクスルーさせる授業
例えば、ネタ見せの授業は、漫才が終わると講師が感想・改善点を伝える「ダメ出し」をするのが伝統ですが、ある日の僕の授業では、M-1のような審査員席を設け、そこに他生徒を座らせて講評をさせる。しかも机上には、「甘口・中辛・辛口」と書いてあり、辛口に座った生徒は“忖度なしの辛口批評”をしてもらうんです。
これによって、ネタをした側は同世代のリアルな意見を受けとれるし、審査側はコメントをするので真剣にネタを見る。そう、1度に「やりかた」と「見かた」、両方の筋肉がつくんですね。
NSCは、卒業が近づくと各講師が優秀者をセレクトして「選抜クラス」をつくるのですが、この選びかたも僕は独特です。
通常、講師はネタごとに点数をつけ、上位メンバーでクラスを編成していくのですが、僕の選抜クラスのほとんどは、先ほどの生徒の審査、自分以外の「面白かった人」への投票、さらに授業をサポートしているアシスタントの推薦を聞いたうえで決めているんです。
そんな手法で優秀な芸人を見極めることができるのか? といった意見もありましたし、先輩講師からお叱りもうけました。
しかし、前年度の卒業ライブ(首席を決める全生徒参加の大会)では、首席をふくむ上位10組中9組が僕の選抜クラスに在籍していました。
かつては、令和ロマン、コットン、EXIT兼近、ぼる塾、レインボー、ナイチンゲールダンスら現在活躍中の芸人も在籍していたので、15年を経て“評価シェア”には一定の手応えを感じています。
ライドシェア、家事代行、クラファンなど、シェアリングによって僕たちの生活は豊かになっていますが、「部下の評価を部下たちとシェアしてみる」といったやりかたも、あながち荒唐無稽ではないのではないか?
そんなことを考えている16年目の講師生活です。
ではまた来週、別のテーマでお逢いしましょう。