「人生を変える最強レッスン」をテーマにした秋元康のエッセイ「こだわるということ」をお届けする。
こだわるということ
「自分はこれにこだわる」と言えるものを持っている人は素敵だなと思います。“こだわる”ということは、絶対に譲れない自分の価値観があるということだからです。人間は、歳を取る度に、経験から知恵を得て、失敗のない無難な人生を歩もうとします。僕の周りの魅力的な人たちは、みんな、無難な人生を拒否した人たちです。と言っても、リスキーな人生を選びなさいと言っているわけではありません。仕事が失敗したとしても、楽しめる人生を選びなさいと言っているのです。
大人は、何度も失敗して、いろいろなことを学びます。中には、もう二度と、手痛い失敗はしたくないと、冒険や挑戦をせずに、手堅く生きようとするでしょう。しかし、それは、仕事が命だからです。仕事が失敗してしまったら、自分にはもう価値がないと思い込んでしまうから、守りに回るのです。
もし、仕事以外に大切なものがあったら、どうでしょうか? 家族はもちろんのこと、自分にとって大切な趣味があったとしたら?
仕事で失敗しても、家族や趣味の時間が心を癒してくれるのです。
仕事なんて、失敗したら、また、やり直せばいいじゃないですか?
その精神的な重り、支柱が、“仕事以外のもの”なのです。人と接している時に、目に見えるものが仕事だとすれば、その奥にあるものが家族や趣味、つまり、こだわりです。
家族については、また、別の機会にお話しするとして、趣味は、人間の奥行きを深めてくれます。
趣味があれば、些細なことで落ち込んだりしません。他にも大切なものがあるという自信が、ブレない自分を作るのです。
そういうことを言うと、「何事もバランスですよね」と、仕事とそれ以外の部分の割合が重要なのだと、まとめられてしまいがちですが、バランスなんてどうでもいい。
むしろ、他人から見てバランスが悪いくらいの方がいいのです。なぜなら、どんなにバランスの悪い姿勢で今にも、床に崩れてしまいそうに見えても、本人の体幹が鍛えられていれば、崩れることはありません。体幹とは、その人の価値観です。趣味は、その価値観を象徴するものです。
さて、僕の趣味はなんだろう? こだわりはなんだろう?
僕の場合は、ケーキ作りが趣味だった人が、パティシエになったようなものです。本来、趣味であったことを、仕事にしてしまったので、その境界線がありません。音楽を聴いていても、ドラマや映画を観ていても、どこまでが趣味で、どこからが仕事なのかがわかりません。
では、何にこだわっているのか? 自問したことがあります。
自分が作ったものに、どれだけの人の支持を集められるか? と言うことです。僕はアーティストではないので、誰にも支持されなくても、情熱のままに作りたいという気持ちはありません。
僕が面白いと思うことを、どれだけ多くの人に面白いと思ってもらえるか? もはや、ゲームです。
ゴルフや釣りや陶芸を始めたこともあります。でも、僕には、「無理に趣味にしようとしている」自覚がありました。それ以来、無理をすることはありません。「秋元さんの趣味は、食べることじゃないですか?」と、よく言われますが、僕はグルメではないし、自分の舌にも自信がありません。単なる食い意地が張っているだけです。
食べることは好きですが、そのエネルギーの源は、好奇心です。「食べてみたい」という好奇心が、どんなに遠くであろうと、行列に並ぼうと、店の大将が怖い人であろうと、その料理を追い求めてしまうのです。
そういう意味では、僕は一つの趣味を極めるより、きっかけさえあれば、いろいろな趣味を始めたいと思っています。歳を取るということは、どんどん、「初めて」がなくなっていくということなので、自分で「初めて」を見つけなければいけません。だから、僕は、これからも、いろいろな趣味に手を出したいと思います。そう、僕のこだわりとは、何か一つのものに固執することではなく、好奇心の赴くままに行動することです。(談)
Yasushi Akimoto
1958年生まれ。作詞家。東京藝術大学客員教授。『川の流れのように』『恋するフォーチュンクッキー』など多くの国民的ヒット曲を生む。放送作家、テレビドラマ、映画、CM、ゲームなど多岐にわたり活躍。近年はオペラの演出や、歌舞伎公演の作・演出等も手がける。2022年、紫綬褒章を受章。
この記事はGOETHE 2024年10月号「総力特集:人生を変える最強レッスン」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら