多忙を極めるなか、50歳で始めたヒップホップダンスをきっかけに、ダンス業界が抱える問題を知り、解決に乗りだすべくDリーグを設立。学びが仕事に、そして、大きな夢へとつながった軌跡とは。【特集 人生を変える最強レッスン】
娘との共通の趣味のつもりが“ダンスの未来を拓く”という夢に
軽快な足取りでステップを踏み、くるりと鮮やかにターンを決める。カメラの前で、キレのあるダンスを見せてくれるのは、総合人材サービス大手、フルキャストホールディングス創業者で、現在は取締役会長を務める平野岳史氏だ。
「ヒップホップダンスを習い始めて、2024年で13年目になります。仲間うちにはけっこう知られていて、『パーティーで踊ってほしい』と頼まれることもあるんですよ。僭越ながら、イベントで郷ひろみさんのバックダンサーを務めさせていただいたこともあります」
平野氏がダンススクールに通い始めたのは50歳の時。娘の中学入学を機に、本格的にストリートダンスを習い始めたのがきっかけだった。
「思春期の難しい年頃ですからね。共通の趣味があれば距離が縮まるかなと考えたんです。最も、習い始めて3ヵ月くらい経ってから娘に打ち明けたところ、喜ぶどころか、『えっ、キモ! 』と。狙いは早々と打ち砕かれました(苦笑)」
当初はグループレッスンに参加するつもりだったが、生徒は中高生が中心だったため、気が引けて、マンツーマンでのレッスンを選択。自分のペースで学べたものの、“ヒップホップならではのリズム”という高い壁にぶち当たる。
「若い頃は、けっこうディスコで踊っていたんですよ。だから、大丈夫だろうと思っていたのに、ヒップホップのリズムがまったくとれなくて」
週1日、1回1時間半のレッスンを受けていたが、基本的なステップを覚えるのに半年かかり、曲に合わせて踊れるようになったのは1年以上経ってから。振りつけを覚えるのに苦心したが、「やめる」という言葉が頭をよぎることはなかった。
「純粋に楽しかったんですよ。仕事が忙しくなってディスコに通うことはやめてしまったけれど、もともと踊ることは好きだったんです。それを思いだし、なんだか若返ったような気分になれましたしね(笑)」
拍手とスポットライトは一度浴びたら虜に
平野氏のダンス熱にさらに拍車をかけたのは、「人前で踊ることの楽しさ」だった。習い始めて3年ほど経った時、自身の誕生日会で、約100人を前にパフォーマンスを披露。そこで、これまで体験したことがないような高揚感を味わったのだ。
「拍手とスポットライトは一度浴びたら虜になるというのは本当ですね。以来、機会があれば公のイベントでも踊らせてもらうことが増えました」
この“ダンサーとしてステージに立つ”という経験が、平野氏を、思いがけぬ新たな道へと導くことになる。
パブリックな場で踊る機会を重ねるなかで、平野氏が気づいたことがある。それは、日本ではダンサーの地位や待遇が整っておらず、プロとして活躍する場がほとんどないことだ。
「2012年に中学校でダンスが必修教科になったことで、ダンス人口は急増しています。でも、職業にするのは難しいため、社会に出るタイミングで、多くの子供たちがダンスから離れてしまう。子供の夢をかなえてやれないのは、大人として情けないし、ダンス業界としても残念なこと。他のスポーツのように、プロを目指せる環境を、なんとか整えられないか。だんだんとそんなことを考えるようになりました」
そんな矢先、旧知の仲であるEXILE HIRO氏から神田勘太朗氏(現・DリーグCOO)を紹介され、ふたりから打ち明けられたのが、プロダンスリーグのDリーグ構想だった。
欧米で主流となっている“競う”ダンスを念頭に、企業とプロ契約を結んだ複数のダンスチームが年間を通して戦い、その年の日本一を決めるという試みである。
「素晴らしいアイデアだったのですぐに賛同し、チームのオーナーになることも二つ返事で承諾しました。でも、まさかリーグを運営する会社の経営まで頼まれるとは思いもしなくて」
本業があるからと一度は断った平野氏だが、HIRO氏と神田氏の熱心な説得、そして、自身のダンスへの想いから、2020年に設立されたDリーグ代表取締役CEOに就任。日本のストリートダンスの発展と普及とともに、“職業、プロダンサー”の確立を目指すことになる。
好きなことを仕事にする幸せを噛みしめている
会社設立の翌年、2021年1月、Dリーグのファーストシーズンが幕を開けた。ただし、コロナ禍ゆえに無観客での生配信という予期せぬ形でのスタートに。ライヴでの観戦はダンスバトルの醍醐味のひとつだが、それがかなわないうえに、収益も想定を確実に下回る。そんな状況を前に、「弱気になったこともあります」と、平野氏は打ち明ける。
「でも、ダンサーたちが日々研鑽する姿を間近で見ていましたからね。すべてのダンサーに夢の舞台を提供し、プロのダンサーへの道を拓くという夢は、絶対に諦めちゃいけないし、諦めたくない。それは僕だけでなく、Dリーグに関わっている人すべての想いでした」
そうした想いやダンサーたちの質の高いパフォーマンス、平野氏の経営手腕もあって、Dリーグは発足から4年で急成長。23-24シーズンは13チームが参戦し、協賛企業や観客動員数も年々増えている。
2024年は、全国のダンススタジオに所属する小中高生を対象にした、日本一のダンススタジオを決定するスタジオダンスリーグ、SDリーグを新設。「将来プロのダンサーを目指す人材の育成」というミッションも本格的に始動した。
「五十の手習いで始めたダンスにここまでハマり、会社まで経営するとは、我ながら驚いています。大変なことは多々ありますが、好きなものを仕事にしているのですから、こんなに幸せなことはありません。今の僕の夢は、毎年発表される小学生の将来の夢に、“Dリーガー”が入ることなんです」
大人になってからの学びが、人生の新たな夢を運んでくれることもあるのだろう。
「そういえば、最近は娘とパーティーなどで一緒に踊ることもあるんですよ。時間はかかりましたが、“娘と一緒に踊りたい”という、あの時の夢も無事にかないました(笑)」
すべてがプロチーム! 日本発世界初のDリーグとは
“世界中すべての人に、「ダンスがある人生」をもたらす”をミッションに掲げて発足した日本発世界初のプロダンスリーグ。企業がチームのオーナーとなり、所属ダンサーは企業から給与を受け取って活動。
2023-24シーズンは全14ラウンドを13チームで対決。勝利のたびにポイントが加算され、合計ポイントが高い上位6チームが決勝トーナメントに進出し、そのなかから日本一のチームと優れたパフォーマーが選出される。
優勝賞金はなんと3000万円! 勝敗はプロの審査員だけでなく、オーディエンスのジャッジによっても決まり、オーディエンスポイントが勝負の行方を左右する。昨シーズンの王者はKADOKAWA DREAMSで、Dリーグ史上初の2連覇を成し遂げた。
この記事はGOETHE 2024年10月号「総力特集:人生を変える最強レッスン」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら