PERSON

2024.09.01

89歳世界最高齢プログラマーに見る。「なんでも面白がる」精神が脳を刺激し、元気に長生きできる【和田秀樹対談⑤】

81歳の時にiPhoneのゲームアプリを開発して“世界最高齢プログラマー”として各界が注目。Apple社のCEOティム・クック氏や台湾のデジタル大臣だったオードリー・タン氏からも一目置かれる存在になった。政府の会議でもズバリ物申す若宮正子さん。常識や世間の目に囚われないこの対談は「日本の壁」を切り崩す。『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。5回目。

人の目は気にしない

和田 僕は人の目とか、世間体とかをあまり気にしないんですが、若宮さんもそうですか?

若宮 そうかもしれませんね。終戦で一日にして価値観が180度変わる体験をしていますからね。誰かの言いなりになる愚かさや恐ろしさのようなものを知っているので。

和田 銀行員時代は、当時、なかなか取る人がいなかった有給休暇も積極的に取得したとお聞きしました。

若宮 はい。GWの間の飛び飛びの日なんて、取引先も休んでいるところが多くて、会社に行ってもたいして仕事がない。だから有給を取って海外旅行に行ったりしていました。そんなふうに早くからやりたい放題でしたね。誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、別に問題ないと。ただ同僚の中には「話題になっちゃう」と心配してくれる人もいました。私はまったく平気でしたけど。

和田 さすがですね(笑)。

若宮 価値判断は、人それぞれですから。「誰かに何か言われるのを気にする」か、「自分のやりたいことをやる」か。どちらを重んじるかは、各人の価値観で決めることですから、他人がとやかくいう問題ではないと思っています。

和田 高齢者の多くは、常識や世間の目を気にして、やりたいことを我慢してしまう。これが意欲低下につながり、老化を速めてしまうのです。もっと好きに生きるべきだし、好きなことをできる時間は、今しかないんです。年をとればとるほど、体も脳の機能も、衰えてくるわけですから。

若宮 本当にそう思いますね。私は自分のやりたいことは、誰かに何かを言われてもやるつもりです。まあ、これは若い時からそうでしたけど。

和田 そうですね(笑)。

若宮 ネットなんかで調べると、いろんなことを言われています。「もうすぐ90歳にしては口紅の色が濃すぎる」とか。だけどあれだって、たまたま買ったものが濃くて、もったいないから使っているだけなんです(笑)。でも面白いですよね。みんなが評論家で、やっている人を好き勝手に批評する。私は気にしないからいいんですけど。

和田 人の目を気にする人と気にしない人。この違いは、生まれついての性格もあると思います。でも、その性格に対して、親がどう接したかで変わってくるのだと思います。

若宮 性格に、親の価値観や常識が上書きされる?

和田 はい。例えば、活発な子に対し「女の子なんだから、こんなことしちゃダメ」と性格への修正が入ったりする。そうやって性格が変わったり、能力が衰えたりするんです。でも、若宮さんみたいに、子供の頃から変わらない人もいるんです。

若宮 そうですね。

和田 さっきの若宮さんの話で僕がすごく興味を持ったのは、「面白そうだったらやる。でも面白くなかったらやめる」という部分。それだけのことなんですよ。イヤだったらやめりゃいいだけの話ですから。

若宮 そうなんです。

和田 いつだって変えられるんですよ。

生き方が大事

和田 でも現時点では、同じ90歳の人よりも脳はすごいと思います。なぜすごいかと言えば、やっぱり使い続けているからです。

若宮 面白そうなことがあったらとりあえずやってみる。新しいことをすると、頭を使いますよね。

和田 前頭葉は、一度萎んでしまうと、元の状態には戻せません。だけど、刺激を与えれば、前頭葉の働きをよくすることはできるんです。つまり、意欲は取り戻せるんですよ。

若宮 年齢に関係なく、意欲的になれるってことですね。

和田 はい。ただし、若宮さんを見ればわかりますが「なんでも面白がる」といった“生きる態度”のようなものは、早いうちに変えておくほど、年をとってからよかったと思える。

若宮 どう生きるか。生き方が大事ってことですね。

和田 そうです。例えば医者の世界で出世して30代後半で医学部の教授になれても、65歳で辞めなければならない。あと、年をとってから人と仲良くできない人って、結構みじめな思いをしている。そういうのを見ていて、結局、世俗的な出世よりは、自分がどう生きていくかが大事なんだなと、考えるわけです。

若宮 仰る通りですね。定年してからも人生は長いですから。

和田 今頃になって、出世したやつが僕に「うらやましい」と言ってくる。教授にはなったけど「これからどうしよう」とか「就職先がない」と。僕の立場なら少なくともあと10年はやっていけるだろうし、それを20年先に延ばすには、どうしたらいいかと考えている。やはり、生まれ持った脳や性格の問題ではなく、生き方が大事だと思うんですよ。

若宮 本当にそうですね。

和田 やはり生き方が素敵だから、今の若宮さんがあると思うんです。生き方が素敵だと、脳を使うから、脳が衰えない。

若宮 今度のお誕生日がくると90歳になるとみんなが言うんですが、私は年を気にしてないから、その実感がありません。だから、わりと若い人たちとも話が合うんです。

和田 旅行が趣味だと、高齢になっても歩けるってことが大事です。それにはやはり、若い頃から動いておいたほうがいい。年をとってから「さあ歩こう」とやっても、なかなかできませんから。脳も体も、やはり動かし続けることでしか老化を防げません。意欲もそうです。それには前頭葉を使い続ける。物事を考える、自分の言葉で表現する、興味を持ったことにチャレンジする、という経験の積み重ねが、元気で長寿につながることは、間違いありません。

※6回目に続く

和田秀樹氏と若宮正子さんの座りショット
和田秀樹/Hideki Wada(左)
精神科医。1960年大阪市生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て現職。30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『70歳の正解』など著書多数。

若宮正子/Masako Wakamiya(右)
ICTエバンジェリスト。1935年東京都生まれ。高校卒業後、三菱銀行に就職、同行で女性初の管理職を務める。81歳でiPhoneアプリ「hinadan」を開発し、世界最高齢のプログラマーに。現在、シニア世代向けの情報共有サイト「一般社団法人メロウ倶楽部」副会長。

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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