華やかで、スタイリッシュで、美しくもあり、キュートさも感じさせる……この映画のなかにそんな私たちが知る柴咲コウはいない。黒沢清監督最新作『蛇の道』で彼女が演じたのは、復讐に手を貸す謎の女性医師。どんな心境で、この難役に望んだのか。その思いを訊いた。
空の色でいうなら曇天
世界から注目を集める黒沢清監督がフランスを舞台に、1998年に公開された同名の自作をリメイクした映画『蛇の道』。
何者かに愛娘を殺されたアルベール・バシュレ(ダミアン・ボナール)は、その復讐に取り憑かれていた。日本人心療内科医・新島小夜子(柴咲コウ)の助けを借りながら、犯人の正体を暴き、追い詰めていく――。
犯人は誰なのか? その動機は? 小夜子は何者なのか? 数々の謎に包まれたまま進む物語は、息苦しいほどの緊張感で観る者を引き込んでいく。
「黒沢監督と仕事をしたいというのがオファーを受けたいちばんの理由です。
1998年の『蛇の道』は、出演を決めてから観たんですけど、空の色でいうならずっと曇天。雨が降ったあとのじっとりした感じが漂っている。
私は、快晴よりそういう空模様が好きなんです。この作品もそうですけど、黒沢監督の映画って暗がりの美しさを見せてくれるような色調。
暗がりって、何があるんだろう、誰かいるんじゃないかって想像をかきたてられるじゃないですか。そんな、人の想像力を増幅させるような感じがすごく好きなんです」
1998年版で新島を演じたのは哀川翔。暴力に満ちた陰惨(いんさん)ともいえる復讐に手を貸す役は、彼女のこれまでのイメージとかけ離れているように思えた。
「私、サスペンスとかミステリーとか大好きなんです、大好物(笑)。
前作(1998年版)とは別物だととらえていました。舞台をフランスに変え、時代を変え、主人公の性別まで変えているわけですから、監督は新しい物語を描こうとしているんだろうなと。
それにこの映画は、陰惨なだけでなく、その裏で人を愛することのもどかしさや生身の人間の滑稽さが描かれている。本人たちは必死なんだけど、それがなぜか笑えてきたりするんです。
人間って奇妙だし、不器用だし、もどかしい。笑っていいシーンなのかわからないけど、どうしても笑える。そういうところが黒沢作品らしいんだと思います」
正解がわからないままに演じた
小夜子がなぜアルベールの復讐を手伝うのか、その理由は明かされないまま物語は進む。暴力の渦のなかで虚無的に思えるほどに、淡々と自分の仕事をこなしていく小夜子。
初めて黒沢監督に会ったとき、「なぜ自分が小夜子なのか」と尋ねたという。
「そのときは、目の印象で決めたというようなことをおっしゃっていました。それ以外の説明はあまりなかったと記憶しています。
そのあと、フランスでのクランクインの直前にスタッフみんなで食事したときにも同じようなことを訊いたんです。なぜ私なのか、どういう映画にしたいのか、さらにはなぜ映画を撮るのか、みたいな本質的なことまで踏み込んでしまった。
あとで考えたら“やっちゃったな”って(笑)。
私としては、監督の意志を汲み取り、それを体現したいという気持ちだったんですけど、監督は演じる前の私に、なにも与えたくなかったんだと思います。
撮影も計画的だったり、突発的だったり、いろいろあったんです。だから私だけでなく他の俳優も、なにが正解なのかわからず、手探りで演じるしかない。
その無様さがリアルだったり、人間臭かったりする。監督が正解を示してくれなかったからこその作品ができあがっているように思います」
フランス語の発音が気になって……
小夜子は10年間フランスで生活してきたという設定だ。柴咲は、半年間懸命に勉強したというフランス語で見事に演じている。
「フランス語をちゃんと発音できているかどうかばかりが気になってしまって、作品を客観的に観ることができないんです。
フランス人スタッフが観て、ひっかかるところはなかったって言ってもらえたので少しホッとしたんですが、観ているとやっぱり自分の発音ばかり追いかけてしまう(笑)」
当たり前のことかもしれないが、目の前で微笑む彼女と、映画のなかの小夜子がどうしても重ならない。 それが俳優という生き物のすごさなのだろう。
黒沢清が引き出した、これまでにない柴咲コウの姿を観たいなら、映画館に足を運ぶべきだ。
衣装クレジット:シャツ ¥231,000、スカート ¥442,200(ともにボッテガ・ヴェネタ/ボッテガ・ヴェネタ ジャパン TEL:0120-60-1966) ネックレス¥528,00、ピアス ¥1,001,000、バングル ¥539,000、リング[右手]¥220,000、リング[左手]¥385,000(すべてメシカ/メシカジャパン TEL:03-5946-8299)