PERSON

2024.03.04

芸人学校の生徒1万人中、夢を叶える人は1%。「好きを仕事にする」は正しいのか?

放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。

「好きを仕事にする」は正しいのでしょうか?

そんな質問をいただきました。

この問いは、YouTubeが「好きなことで、生きていく」というCMを流した約9年前から、ネットで議論されはじめ、いまだに生徒からもよくされる質問の1つです。

今週は、この長年にわたって相談者を生んでいるテーマについて、僕なりの考えを披露してみたいと思います。

「正しいか? 正しくないか?」の議論が「正しくない」

ネット上には、「好きを仕事にするべき!」という「正しい派」と、「好きを仕事にするな!」という「正しくない派」の意見や記事があふれています。

しかも最近は、極論をぶつと耳目が集まるので、どちらかに偏った弁が増えています。

しかし、僕に言わせれば“そもそも、正しいか? 正しくないか? の二元論が正しくない”のです。

なぜなら、「好きを仕事にする」の良し悪しは“人による”から。

「好き」を仕事にして、ストレスなく働いている人もいれば、「あまり好きじゃなかった」を仕事にして、「好き」を見出した人もたくさんいるからです。

「正しいか? 正しくないか?」で語るのは、「好きな人と結婚することが正しくて、お見合い結婚は正しくない」と言っているくらい乱暴な議論です。

大切なのは、

①ネットの極論に振り回されず“人による”“どちらでもない”という第三の答えを採用する。

②他人の意見は、あくまで自分なりの解へたどりつく“補助線”とする。

まずはこれを頭に入れて、一緒に問いを深めていきましょう。

「好きを仕事にする」に待ち受けるリアル

「好き」を仕事にする利点は、やはり“やりがい”です。

ビジネスで重要なことは“やっている「仕事の大小」ではなく「意欲の大小」”なので、好きを仕事にすると、やりがいも持続しやすくなります。

また、職場には同じ趣向をもつ人々が集まるので、おのずと人間関係も良好になるケースも多いです。

しかし、ディズニーランドに出かけたら行列を覚悟するように、あなたの「好き」は多くの人の「好き」でもあるので、競争率も上がります。

例えば、芸能界に憧れる人は多いですが、僕が見守ってきた芸人学校の生徒1万人のうち、現在「好き」を仕事にできている教え子は1%ほど。

残りの9900人は、業界を去ったり、あまり好きじゃなかった仕事を生業にしていたりします。

また、ある元教え子は、当時、「社会の歯車になりたくないから芸人を目指した」と言っていました。

彼は今でも「好き」を貫いて芸人をやっていますが、生きていくために日雇いバイトの日々。

そう、気づけば「社会の歯車」になっていたりする。こういった現実も知らないといけないと思っています。

「あまり好きじゃないを仕事にする」のリアル

いっぽう、「好きではない仕事に就く」場合の難点は、なかなか「おもしろさ」を見出せないことです。

人生における仕事時間の割合は3割ほどですが、おもしろくない時間は、それなりのストレスが伴います。

しかし、子供のころは嫌いだったトマトやレバーが、いつの間にか好きになるように、「好きじゃない」という“マイナス”の感情から入ったものは“プラス”になる幅が大きいので、「好き」を見出しやすくなります。

僕も、第一志望の「芸人」にはなれず、あまり気乗りしないまま「芸人を育てる側」の仕事に就きましたが、やっていくうちに、「おもしろさ」や「やりがい」を見つけ、いつの間にか周囲から「天職ですね」なんて言われています。

天から授かった職に就く「天職」の人もいれば、「転職」をすることで天職に出会う人もいるし、あまり好きじゃなかった職に就いて、その仕事の楽しさがゆっくり身体に伝わっていく「伝職」によって天職になる人もいる。

なぜ、「正しいか? 正しくないか?」で語るのは愚問なのか。少しはお分かりいただけたのではないでしょうか?

それでは、また来週お逢いしましょう。

桝本 壮志/Soushi Masumoto
1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)講師。王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出。

COMPOSITION=古澤誠一郎

TEXT=桝本壮志

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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