第一線を走り続ける仕事人には人知れず、心を鎮める場所がある。今回は、写真家の操上和美氏が大切にする「植栽」をご紹介。日々の荒波をくぐり抜けるために必要不可欠な趣味部屋の正体とは。【特集 多拠点邸宅】
40年以上、生活をともにする植栽がハードな仕事をするうえで必要不可欠に
高感度なセレクトショップやレストランが軒を連ねる都内某所の瀟洒(しょうしゃ)な通り。「サボテンを目印に」と言われて到着したビルの入り口には、高さが優に3mを超える特大のアガベ(サボテン)が2鉢ほど。ビルのオーナーは写真家の操上和美氏。特大のアガベは、オフィス兼自宅として27年前にこのビルを建てた当初から、この場所に鎮座しているという。
「この通りで同じような多肉植物は見かけないです。ここは日当たりもいいし風も通るから、どんどん成長するんです。出てきた子株は欲しいとおっしゃる方に差し上げて、ずいぶんといろんなところに行っていますよ」
屋上のテラスには、オリーブの木やアボカド、ハイビスカスなどをはじめとする植栽が十種以上も並び、まるでガーデンのようなにぎやかな趣に。ストイックなムードが漂う同じビル内の操上氏のオフィスとはまったく様相が異なり、そのコントラストが意外にも感じられる。
毎日植栽と向き合えば気持ちが優しくなる
「本当はオフィスの半分を植栽で埋めたいぐらいだけれど、狭くなるからやっていないだけ。僕は北海道育ちで馬や植物が常に身近にありましたから、都会に住み、コンクリートばかりの場所でハードな仕事をしていると、木やグリーンを見たくなるんです。気分も穏やかになるし、オンとオフの区別もつきやすい。なので、もう40年以上前から植栽とともにある生活です」
自宅に迎え入れた植物は基本的には放任主義で、伸びすぎたら切るぐらいで剪定(せんてい)も最小限。それでも毎朝手入れすることで、意外な気づきを得るとも語る。
「植物も生きていますから、水を欲しているとか、元気がないとかが、わかってくるようになります。水をあげた途端にバーンと息を吹き返したりを目の当たりにすることで、自分の中で生き物に対する優しさが育まれているような気はしますね」
ただそうやって、日々植物や花を愛ではすれども、いざ進んで写真に残そうとしないのも、操上氏らしい哲学のひとつ。
「仕事ではもちろん撮りますけれど、例えば4×5のカメラで定点で眺めてしまうと、どうしても奥行きや構図が気になって、部分的にカットしたりもう一本加えたくなってしまう。植栽は、動いて眺めるからこそ癒やされるもの。花を撮るのであれば“華”のある女性を撮るほうが生き甲斐になりますから(笑)」
操上和美/Kazumi Kurigami
1936年北海道生まれ。1965年から写真家として活動し、ファッション、広告などを中心に活躍。国内外のアーティストやセレブリティのポートレートなども数多く撮影し、話題に。本誌のカバーや連載の撮影も手がける。
この記事はGOETHE 2024年3月号「総力特集:多拠点邸宅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら