都心に家を持ちながら、そこを離れた場所にも居を構える。そんな多拠点ライフを楽しみ尽くしている8名の仕事人のこだわりの邸宅を大公開! 旅先のホテルでは到底かなえることができない多拠点邸宅だからこその醍醐味に迫る。今回は、美術家・書道家の川邊りえこ氏の邸宅を紹介する。【特集 多拠点邸宅】
樹氷、新緑、紅葉など、源泉掛け流しのモール温泉から四季折々の時を愛でる
全長140㎝、翼を広げれば240㎝にもおよぶ日本最大級の鶴が生息する北海道・弟子屈町(てしかがちょう)。野生の丹頂鶴が家の庭に降り立つ、そんな光景を独占するのは、美術家であり書道家の川邊りえこ氏だ。
「弟子屈はまだ開発されていない大自然が残る貴重な場所。いつか丹頂鶴が庭に姿を見せてくれたらいいなという願いをこめて、リビング&ダイニングに画面のように窓を設置しました」
コロナ禍に“避難所”を構想してから1年弱。川邊氏の空間作品プロジェクト「TAMATEBAKO」を有志7人とともに、完成させたのがこの邸宅だ。
「不動産屋さんから3日間ぐらいで30ヵ所ほど見せてもらったのですがしっくりこず。私の根底にあるのは感動をデザインすること。琴線に触れる何かを求め、最後に『敷地に川が流れていて、クレソンがあるような場所』とダメもとで聞いてみました。そうして、釧路空港に向かう帰路で寄ったのがここ。その時、丹頂鶴がそこに居たんです」
聞けば、ドイツの温泉保養地バーデンバーデンと同じ、世界的に希少な美肌の湯と言われているモール温泉と、摩周湖の伏流水が湧きでている敷地だった。
「クレソンが自生し、鶴もいる。それに、人生で温泉源と水源を持つのは面白いなと思い決断しました。ここは新たな避難場所でありシェルター、自給自足、プライベートヴィラ、シェアハウスなど、私にとっては名前のない体験空間作品に。そこから北海道の倉庫の様式、D型ハウスへの構想が生まれ始めました」
牛の干草倉庫であるD型ハウスを邸宅にするとは、川邊氏の腕の見せどころ。ローコストで工夫しながら、アンティークやクラフトものなど、全体としてひとつの美しさにまとめ上げる。
「ダイナミックな7mの天井高、日常の温泉や、丹頂鶴を眺める感動をどうつくるかがこの家のコンセプト。もはや合宿所のように毎月人が集まる場所となりました(笑)。
ここは阿寒摩周国立公園の中に位置していて、夏は暑くて冬は寒く、温度差は60℃もあります。でも、ありがたいことに冬は温泉源を活用した温泉床暖房で裸足で過ごせるほどぽかぽか。だから床の間としてつくったエリアで、食事後にみんなでお酒を飲みながら談笑したりできる。場所を少し変えるだけでも楽しい家なんですよ」
大自然、サウナ、温泉、水風呂。身体の芯から元気になる
パチパチはぜる薪の音とゆらゆらとゆらめく炎が心地よい、檜(ひのき)瞑想ネイチャーサウナは川邊氏がデザインしたもの。
「日本的な住空間の原点『方丈(約3m四方)』、日本の空間美学の象徴『数寄屋』、そしてサウナの神髄『瞑想』という3つがコンセプト。檜のいい香りと薪のはぜる音が五感を磨いてくれる。実はちょっと前までは、サウナは苦手でしたし、水風呂は地獄だと思っていました(笑)。ですがモール温泉で芯まで温まれる環境ですし、サウナとの相乗効果で、今では水風呂に早く入りたいと思う身体に変わってしまいました。脳の疲れがす〜っと取れて熟睡できますよ」
実は川邊氏、弟子屈の大自然の素晴らしさに感銘を受け、丹頂鶴の密猟をきっかけに、NPO弟子屈自然共生協会「サロルンカムイ」を発足し、地域の人とともに活動を行なっている。
「大自然と遊んでいると、美しい場面に出合うたび、二度と訪れない瞬間があることを知りました。いつかここを星空保護区にしたいと夢は膨らみます」
物よりも場にこだわる、大自然に勝るものがないと気づいた川邊氏の第二の人生が、北海道・弟子屈の地にある。その想いに共鳴し、感動を求める人がこの邸宅に集っている。
The Essence of House
丹頂鶴を愛でるリビング&ダイニングの窓
特別天然記念物の丹頂鶴が、毎日のように庭に降り立ち、寛ぐ姿が見える。
温泉、薪サウナ、水風呂の無限ループ
世界でも希少なモール温泉で身体の芯まで温まった後、サウナと水風呂で最高にととのう。
北海道の風土に合わせたD型ハウス
北海道の過酷な環境に耐えうるデザイン。三角屋根より高さを有効利用できるメリットが。
Data
所在地:北海道弟子屈町
敷地面積:28,725㎡
延床面積:978㎡
設計者:川邊りえこ
内装施工:近藤建設
構造:鉄骨、トタン板金
この記事はGOETHE 2024年3月号「総力特集:多拠点邸宅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら