都心に家を持ちながら、そこを離れた場所にも居を構える。そんな多拠点ライフを楽しみ尽くしている8名の仕事人のこだわりの邸宅を大公開! 旅先のホテルでは到底かなえることができない多拠点邸宅だからこその醍醐味に迫る。今回は、弁護士・マーベリック法律事務所の山縣敦彦邸を紹介する。【特集 多拠点邸宅】
アートが建築の一部となって、ひとつの作品として完成
地元で採掘された浅間石と錆(さび)ヒノキ丸太の柱を配したポーチを抜け、玄関奥の扉を開くと、目に飛びこんでくるのは、大きな窓の外に広がるパノラマビュー。冬枯れの林の向こうに山の稜線が顔を覗かせ、凜とした美しさが漂う。
「春は桜、夏は深緑、秋は紅葉と四季折々に楽しめますが、僕は、この静かな冬の景色も気に入っています」というのは、邸宅の主、山縣敦彦氏。南西に林が広がる緩やかな傾斜地に、ダイニングキッチンとリビング、和室、寝室から成るシンプルな平屋が竣工したのは2021年秋のこと。設計を手がけたのは、山縣氏が長年憧れていた建築家、中村拓志氏だ。
「いつか設計をお願いしたいと思っていたのですが、都心でとなるとロケーションや予算面で、僕の理想をかなえるのは難しい。それで、この土地にビジネスの交流の場になるサロンをつくっていただくことにしたのです」
理想のひとつは、「アートと建築の共創」。弁護士として、アートや建築の契約関連などを扱う山縣氏は、両者のものづくりの姿勢などに感銘。そこで、「アートが建築の一部となり、ひとつの作品として完成する」ことをリクエストしたのだ。
「そのアートとは、数年前に手に入れた舘鼻則孝さん作のヒールレスシューズです。日本古来の文化をリスペクトしている舘鼻さんと、日本の建築美や自然美に精通した中村さんには親和性があると感じたので」
山縣氏の“読み”は的中した。中村氏は、ヒールレスシューズ専用の飾り棚を設けるだけでなく、床の間を設えて舘鼻氏のコミッションワークをかけることを提案し、舘鼻氏の代表的モチーフ、雲と雷をあしらった障子も特注。山縣氏が願ったとおりの「アートが建築の一部として溶けこんだ邸宅」が完成した。
施主を経験したことで仕事にフィードバックできる
山縣氏のもうひとつの理想が、「この土地ならではの家」。それに応えるべく、中村氏は、都心では難しい平屋を提案し、人目が気にならない林側に開口部の広い窓を設置。ダイニングキッチンとリビング、和室をひと続きにして開放的な空間を実現すると同時に、各スペースの床レベルを変えて、どこに座っていても、それぞれの目線の高さが合うようにし、“つながり”を演出。「交流の場」という山縣氏の目的も、見事にかなえた。
「多い時だと月に1回、クライアントや仕事仲間をお招きしますが、開放感があるからか、皆さん、東京でお会いする時とはまた違う一面を見せてくださり、絆がより深まる気がします」
そう言った後、「時々ひとりで訪れますが、東京にいる時以上にデスクワークがはかどるんですよ(笑)」とも、山縣氏。
「この土地を紹介してくれた知人に、『ストレスフルな仕事には心を鎮める場所が必要』と言われたのですが、そのとおりですね。東京の下町で生まれ育ち、どちらかというと自然が苦手でしたが、今の僕にとってここは、なくてはならない場所。自然に身を置くことでリフレッシュでき、新しい発想も生まれる。訪れるたびに、環境を変えることの意義を実感しています」
山縣氏が家やアートワークを発注するのは、今回が初めてだったが、この経験もビジネスにプラスになったようだ。
「クライアントには建築家やアーティストが多いのですが、自分が施主という立場を経験したことで得た気づきを、仕事にフィードバックしています」
憧憬する建築家とアーティストとの共創がかない、人との絆が深まり、仕事にもプラスに。この別邸が山縣氏にもたらした価値はプライスレスだ。
The Essence of House
この場所に飾る作品をアーティストにオーダー
床の間には好きな作家のコミッションワークを掲げ、障子もアートワークとしてオーダー。
シンプルな木造平屋建て。大きなワンルームに
樹木の枝をじゃましない平屋にし、ダイニングから和室までひと続きにして開放感を演出。
視線がつながる心地よい空間
ダイニング、リビング、和室と床の高さを変え、どこにいても座ると視線が合うように。
Data
所在地:群馬県
敷地面積:1,428㎡
延べ床面積:108㎡
設計者:中村拓志
設計事務所:中村拓志&NAP建築設計事務所
構造:木造平屋建て
山縣敦彦/Atsuhiko Yamagata
弁護士・マーベリック法律事務所
1979年東京都生まれ。法律事務所ヒロナカを経て、2015年に独立。芸能・映画・音楽などのエンタテインメントやアート&プロダクトデザイン、建築設計事務所の契約書作成やレビュー、富裕層の資産保全などを主に手がける。
この記事はGOETHE 2024年3月号「総力特集:多拠点邸宅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら